SWEET AIR -Dairy Report-
2008年7月 8日
燃え尽きた別線を尻目に北日本がチームプレーで完勝!(寛仁親王牌決勝)
最終ラップに入る以前に勝負は決していた決勝戦。
「あと何回乗れるか分からないし、俺らしい走りで」
全身全霊を込めてこの決勝に立ち向かうかと思われた手島は結局何もせず終了。
昨年の親王牌も準決勝で天性の才能を生かした神がかり的プレーで3着をキープして勝ちあがった後
決勝ではまるで抜け殻になってしまったかのように内を掬われてあっという間に終わってしまったが
もしかすると今年も去年と同じように神山の呪縛に苛まれ飯嶋に番手を譲ってしまった準決勝の時点で
この人の今年の親王牌はすでに終焉を迎えてしまっていたのかもしれない。
「位置決めず勝つ走り」
現状の小橋が勝つには4角番手で回ってくる以外方法はない。
新田祐大が駆ければそこに小橋が行き、山崎を飛ばす。
その流れであれば後ろの岡部は山崎を入れず小橋の後ろにスイッチして
後は捲りの打ち合いで勝負は決すると見たファンも決して少なくなかったはず。
しかし、そこで小橋が取った策は北日本分断ではなく単騎の渡部哲男の後ろにつけて勝機を伺うという方法。
だが、勝負どころで本来は同地区であるはずの飯嶋に蹴られ後退。
結局渡部がBS捲りを打つのに併せて番手から発進した山崎に合わされてしまったが
巧みなコース取りと立ち上がりが遅い「後がかり」ながら鋭い差し脚を持つ小橋がその直後に付けられていれば
もしかしたらワンチャンスあったかもしれないという展開。
一見無策でイチかバチかでヤケクソになっているようにも見えた作戦だったが
じっくりと考え直してみると、それは小橋の脚質にもピッタリの組み立てでベストの選択だったかもしれず
ベテラン勝負師ならではの読みの深さというものに改めて感心したレース運びだったようにも思えた。
佐藤慎太郎がいないこともあって並びがすんなり決まった(?)北勢は
親王牌はいつもあと一歩のところでタイトルに手が届かない岡部が福島の3番手を回る競走。
前述の通り展開上このレースの北の番手、3番手は狙われやすい位置ということもあり
もしもここで山崎の位置を誰かに奪取されるような流れになれば岡部はシビアに一車詰めて自力も含めた巻き返しに転じるか
飛ばされた山崎を迎え入れて巻き返しに期待するかの選択を迫られることになる。
そこで一車詰めて捲りに転じて勝てば悲願の親王牌制覇。
そこで山崎を入れておけばレースの勝ち負けはともかくとして福島ライン的にはハッピーエンド。
私はそんな展開になることを期待してレースを見ていたのだが
結局別線は何もせず、最終ラップに入る以前からすでに「山崎様どうぞ優勝してください」の展開。
一度飛ばしたところで、必ず最後には山崎がターミネーターのように盛り返してくるという印象が他の選手に植え付けられていたのであろうか?
まさに別線は何もせずとしか言いようのないレースで山崎芳仁の完勝。
今の競輪のグレードレースは文字通り山崎様を中心に回っているのだということを印象付けたようなアッサリとした結末に思わず呆然としてしまった。
かつてはあの松本整にジカ競りを挑み双方落車。
更には目標とした海老根を捨てて捲りを打ち北日本を打ち破るなど前橋親王牌において名勝負を演じて来た手島だけに
ここは何かをしてくれるだろうと期待して見ていたのだが…あまりの無策ぶりには正直なところガッカリさせられた。
が、しかしあのような無様なレースをして一番悔しいのは他の誰でもなく本人のはず。
残された時間は決して長くないはずだが次回の前橋親王牌では悲願の優勝を決められるように
現状に満足することなくこれからも上を目指してがんばって行ってもらいたいものである。
2008年7月 6日
4日制開催の弊害?(寛仁親王牌2日目ローズカップ)
2日目の最終レースは前橋市の花であるバラの花がレース名に冠されたローズカップ。
全員が準決勝に勝ち上がれるレースであるために
ここは後ろに地元の手島慶介が付けた平原康多が後ろに花を持たせる競走をすると見た人も多かったはずである。
ところが平原は新田祐大が先手を取れば当然最後は番手捲りを打ってくるであろう岡部に
絶好の展開をプレゼントしただけの全くのやらずの競走。
レース後の談話では「俺から買ってくれるファンがいるし捨て身先行を潰しに行くのも…」(競輪専門紙アカギより)と苦しい言い訳。
これでは平原が行くと見て手島から買ったファンや、平原が必死に抵抗すると見て別線から買ったファンはどうすればいいというのだろう?
4.00のギアで4本の競走をメイチで駆けるのは確かに大変なことかもしれないが
やる気がないのであれば最初から手島に前で自在にやってもらうとかいろいろと方法はあったはずである。
記念競輪が4日制になった頃、石丸寛之(岡山)が大きなギアは2日しか踏めないとして
「勝負ギア」と称して準決勝からギアを上げていたのは記憶に新しいところだが
それと同じように脚を温存したいのであれば一律4.00で走るのではなくレースによっては軽いギアで走ることをしても良さそうなものだと思うが…
高松宮記念杯の決勝では武田豊樹を勝たそうと作戦レースまでやるなどして、すっかり心を入れ替えたかのように見えた平原だったが
肝心なところでは相変わらずこうして後ろの選手をないがしろにするようなセコいレースを連発。
タイトルにすぐにでも手が届く位置にあるほど力がある選手であるのに…全くもってもったいない話である。
勝ち上がりに関係のないお祭りレースと言えばかつては先行選手の意地を張り合う場であったり
血の濃いラインが積極的に駆けて地元選手が勝つなどのそれなりに見所のあるレースだったものだが
4日制が定着した今ではすっかり「やらずに脚を温存するレース」をするのが定番となってしまった。
それならいっそのこと特別優秀競走などはやらずに成績優秀者には2日目は走らなくていい特権でも与えてみたらいかがなものだろう?
全くの無気力レースにローズカップの名を汚された思いがした地元ファンも決して少なくなかったはず。
それと比べると先行すれば、たとえ自分が残れる流れであっても番手の岡部に番手捲りで捨てられることが分かっているにも関わらず
しっかりと逃げた新田祐大の競走は立派なものだったと言えるだろう。
2008年7月 5日
自力屋の後ろに付いて走るだけがマーカーの仕事じゃない(前橋・寛仁親王牌初日より)
寛仁親王牌初日の7レースは
海老根恵太(千葉・86期)・太田真一(埼玉・75期)・中村一将(兵庫・86期)・佐藤朋也(秋田・89期)の自力4車による4分戦。
レースは赤板で佐藤朋也が出切ると、それに太田が続き5番手を中村一将と海老根が並走する展開。
打鐘を前に佐藤が一気にスパートすると、それに併せて上昇した海老根は仕掛けるタイミングを逸し外に浮いてしまう格好となったため
どさくさに紛れて先手ライン3番手を回る太田の位置に潜り込もうとすると太田はヘッドパンチ1発と体当たり2発で応戦。
結果、海老根は打鐘2センターで外に浮かされてしまい死に体となってしまう。
最終ホームで中村がHSカマシ気味に捲りを打つと、先手ライン4番手の位置にうまく潜り込んでいた
海老根の番手を回る望月永悟(静岡・77期)が浮いた海老根を迎え入れて海老根は見事に復活。
最終バックで前が佐藤朋也と中村一将とで叩き合いになると
海老根はそこからもう一度踏み返して最終バックから捲り発進。
結果、前団を一気に飲み込んで断然の人気となった海老根-望月のワンツーが決まる結果となった。
近走、記念競輪を連覇するなど絶好調の海老根による脚の違いを見せ付けるようなレースぶりにレース後、大きな拍手が送られていたが
このレースはなんと言っても海老根を生き返らせた望月の好プレーがなければ成立しなかったレース。
前の自力屋が外に浮かされそうになれば自ら動いて位置を取りに行って
まだ脚が残っている自力屋を迎え入れることはマーカーとして当然の仕事と言えばそれまでのことだが
目の前に普段よりも大きな金がぶら下がっているG1開催の勝ち上がり段階では
外に浮いた自力屋など即座に捨てて自ら切り込んで行くのが昨今のビッグレースの常識。
競輪はラインという名のチームによる共同作戦であり、団体戦そのもの。
一歩間違えば共倒れになる危険性もあったこのレースで海老根を信じて迎え入れた望月の動きは
海老根以上に賞賛されてしかるべきの実に見事なプレーだったと言っていいだろう。
2008年7月 3日
今開催の幻の目玉選手(千葉競輪F2最終日より)
師匠の森下太志選手や兄弟子の海老根恵太選手、それに客席から家族が見守る中
デビュー戦で2着以下を着差大差となる圧勝で下した岩本俊介選手(千葉・94期)。
無傷の2連勝で勝ち上がってきたこの日はデビュー以来初めてとなる別線の自力型がいる番組となる決勝戦に挑んだ。
対する長谷川辰徳(埼玉・89期)は戦績が示すもの以上のダッシュ力、スピードのある選手であるため
かなり厳しいレースになることも予想されたが
岩本は後位がジカ競りという悪条件も全く意に介さず難なく長谷川の仕掛けに併せて先行。
長谷川を悠々叩くと最後はもつれる2着以下を5車身千切って、見事に94期生優勝一番乗りを完全優勝で達成したのだった。

混戦の2着争いは名前も顔もいかつい4・強口義良(こわぐち・ぎろう)が闘魂の走りで制し3着にも8・廣瀬來支部長(千葉・43期)。
ゴール時には実に気合いの入った掛け声が響き渡り、そこに選手の地元の意地というものを見たような気がした。

櫻井学(群馬・84期)の豪快な捲りで幕を閉じた最終レースを見届けた後
競輪場の外に出るとそこには今開催の開催告知となる主要出場メンバーの一覧表が掲げられていた。
列挙された名前の片隅には赤い線が引かれ消されている「滝澤正光」の文字が…。
私も含めて「A級に落ちればまた滝沢正光さまの先行が見られる」…と
この開催を楽しみにしていたファンも多かったはずだけに今回の引退発表は実に残念。
かなり酷な話かもしれないが、岩本選手には幻となった目玉選手・滝沢正光さまに少しでも近づけるような
力強い先行での活躍をこれからも期待したいところである。
2008年7月 1日
影をも踏ませぬ圧勝デビュー(岩本俊介・千葉・94期)
この日の千葉競輪では続々と94期選手がデビュー。
千葉の専門紙・赤競(日刊プロスポーツ発刊)には各選手とも二重丸が多数付けられていたが
大応援団が駆け付けた十文字貴信の弟子・中川昌久(茨城)がなんとか2着に粘った他は全く歯が立たず。
そのため客席からは「またこいつもダメか?」と不安視する声も出ていたのだが、そこはさすが競輪学校在籍時に63回の先行数を誇った岩本俊介。
まさに影をも踏ませぬ快速先行で後続を千切って圧勝。
思ったよりも上がりタイムが出なかったのはこれからの課題だが
地元で恵まれすぎの感もあった先行一車のデビュー戦を期待通りの圧勝で見事に飾って見せたのだった。

これほどの圧勝を見てしまうと、当然早期の特進に期待がかかってしまうところだが
今は勝つことよりも実戦でひたすら逃げて脚を作り、競輪競走の勘を養うことが重要。
このまま最近の若手選手にありがちな「半端な自在戦」に走ることなく、その持てる素質を更に伸ばして行ってもらいたいものである。

(選手紹介開始時。黄色の5番車が岩本選手。)
= 関連リンク =
・2008.03.25 この男最強につき(岩本俊介・千葉・94期)
・千葉競輪公式ページ岩本選手インタビュー
2008年6月30日
逃げる選手がいなくなれば実力ある選手も競輪界からいなくなる
今回の前橋F2チャメットカップを最後に浦野哲(83期)・金田淳(65期)の地元2選手が引退。
クビ寸前の選手と言えば「ただ回ってくるだけ」の人数合わせ要員というイメージがあるが
浦野はそんな中でも積極的にレースを動かし、後ろの選手の勝利に貢献することもあったほど。
最後のレースも同期の百瀬匡(長野)を引き連れてしっかりと先行。
最終的に捲られはしたものの、最後まで自力屋の看板を下ろすことなく走り、散って行ったのだった。
このレースでは浦野の応援車券とも言える百瀬匡-坂本宗史の車券もよく売れた。
通常のギャンブルやスポーツでは応援する対象となる選手が勝つことを願って応援するというスタイルをとるのが普通だが
ラインという名のチームが織り成す団体競技である競輪の場合は、応援の対象となる選手の後ろを回る選手の頭車券を買って応援するなど
敢えて応援する対象となる選手が連に絡まない車券を買って応援するという競輪独特の応援スタイルというものが存在する。
「この選手ならばたとえ本人が最後まで残ることができなかったとしても果敢に主導権を取ってくれるはず」
その期待通りに選手が見せ場を作ってくれた時などは
車券を買う側の人間とすれば車券が当たろうが当たるまいが関係なく拍手を送りたくなってしまう。
なんと言ってもそれが他の競技にはない競輪ならではの魅力である。
ところが先日聞いた話では今、競輪界の内部でこうした競輪独特の魅力を削ぐことに繋がる
一大改悪プランが実施に向けて検討を続けられているというではないか。
F2開催の有り方を検討する前提として開催経費の削減と「併用発売の効率化」の効果を勘案し
・F2を1日7レース制にし、昼間開催の場合はその後の時間を場外発売に充てる。
・場外発売の選択肢を増やす為にF2のナイター開催を増加。
・F2を7車立てとし開催経費を削減。
それに伴って
・F2格において着外賞金を廃止し、G1・2・3など上位格の賞金の増額に充てる。(F2の4着以下は賞金なし)
・補充選手についてはS級については現行どおり。A級については補充選手制度の廃止の方向で進める。
…考えただけでも恐ろしくなるような実にとんでもないプランである。
もしも競輪で4着以下に賞金が出なかったとすればどうなるか?
全員が最後まで持つ仕掛けとなるぶん各選手の仕掛けは極限まで遅くなり、逃げる選手などいなくなってしまうことだろうし
そのうちに思いもよらない選手が意図的に捨て身で駆けて番手捲り。
勝った選手と捨て身で駆けた選手とが賞金を山分けするなどの作戦レースだらけになってしまう危険性もある。
一斉にヨーイドンで仕掛ける遅い仕掛けのケイリン競走は道中でゴチャつきやすく、大量落車の原因にもなるし
競輪がタテ脚のみの無味乾燥したケイリン競走になることによって番手勝負や番手の仕事というものの存在もなくなり
競輪競走が本当につまらないものになってしまう危険性も十分にある。
仮にこれが本当にまかり通ってしまったとしたら、恐らく競輪の衰退はこれまで以上に加速度的に高まって行くことだろう。
何度も言うがF2は競輪の根幹を成すもの。
S級S班を作り一部の選手だけを優遇し、対外的な見栄?のためにグランプリの賞金を1億円に引き上げる一方で
その根幹を成すF開催の賞金は低下する一方。
それをさらに削減、もしくはなくせと言っているというのだから
今は安い賞金を文字通り命を賭けて奪い合っているA級の選手達も
これではさすがにばからしくなってモチベーションが続かなくなってしまうかもしれない。
しかし、官製賭博の客はお上が決定する事項に残念ながら従うより仕方がないのが現状。
この案が実現するようなことになればまともに車券を買っているファンはこれまで以上に減り
魅力ある選手達がこれまで以上に続々と早々に競輪界を見限って辞めて行ってしまいそうで車券を買う側の人間としては実に悔しい限りだ。
2008年6月24日
下高井戸Jazz Keirinの緑茶割りの商品名は「新潟のヒゲのおじさんが大好きな」親王ハイ
この日は富山記念の最終日を打ちに前橋競輪場へ。
…と思ったのだが、競輪場に行く前に親王牌のポスターを見かけたら
なぜか下高井戸・東京讃岐うどんJazzKeirinのメニュー「親王ハイ」のことを思い出してしまい
急にうどん屋さんのうどんが食べたくなったので直接競輪場へは行かずにスルーして
利根川にかかる中央大橋を渡り、グリーンドーム前橋を横目に見つつ利根川の対岸に。
ドームパーキング内に新設された利根西前売サービスセンターを横目に見ながら不二家レストランのところの信号を右折。
アルパチーノというすごい名前のパチンコ屋の路地を左に入ったところにある温井製麺といううどん屋に行ってみることにした。

ここは大渡庁舎のビルや工業団地のそばという絶好のロケーションにあることからか
店に入った12時ごろにはすでに満席近い状態。
メニューはぬくもりうどん350円から肉汁つけ麺(通称・にくもり)大盛530円まで3種類のうどんの普通盛りと大盛りというラインナップ。
なので今回は肉汁つけ麺大盛りというものを頼んでみることにした。

出汁は薄めだが、やや角が立つ味。
麺はある程度コシがあって、群馬の地粉うどんのようなザラつきもなくサラッとした舌触りのいいものとなっている。
量も十分にあり値段的にもかなりお得だと思うが、味のほうは決定的な何かが足りない感じ。
しかし、競輪場の近くでこれだけ安くて量があるうどんを売っている店があるのでは競輪場内の店もきっと大変だろうなと思ったことは言うまでもない。
(注・上記店舗はJazzKeirinとは何の関係もありません)
食後はそのまま前橋競輪場へ。
場内へ入ると何かしらの工事をしている音が。
よく見たらそれは喫煙室に扉を取り付ける工事だった。
これでこれまで以上に確実な分煙が図られることになりそう。
たばこを吸わない私とすればこれはありがたい限りである。
この日は滝沢先生が逃げたレース以降、特にこれと言ったレースもなく私としては淡々とレースを消化した感じだったが
前橋競輪場のバンク内ではどんなイベントなのかは知らないが着々とイベントの準備が進められており


偶然にもめったに見ることができない可動部の動きを見学することができた。
この他にもグリーンドーム前橋には様々なイベントに対応するために多種多様な仕掛けが施されているらしい。
バンクは先のF1戦開催前からきれいに塗り替えられていて、あとは寛仁親王牌の開幕を待つばかり。
もちろん復調著しい新潟(元・岡山)のヒゲのおじさんの復活も十分なだけにそちらのほうも楽しみである。
= 関連リンク =
・東京讃岐うどん・下高井戸Jazz Keirin
2008年6月23日
さぁ親王牌の大舞台へ!(前橋F1A級決勝より)
前橋競輪場に足繁く通っている客であれば一度は見たことがあるであろう4km団体追抜の群馬チームの迫力ある走り。
全くペースが衰えない鬼気迫る走りからは並々ならぬものを感じたが
それもそのはずで先の全プロ競技会4km団体追抜で他を圧倒して優勝したのが群馬チーム。
客席からではもちろん誰が走っているのかなどということは分からなかったが
その中のメンバーこそが今回のA級決勝で見事に優勝した篠原忍(群馬・91期)その人だったのである。
篠原の来期からの格付けはS級2班。
寛仁親王牌の事実上のトライアルとなっている全プロ競技会の競技で優勝した篠原は
いきなり昇級初戦を地元のG1レース寛仁親王牌で迎えることに。
大学時代の大学対抗1kmタイムトライアル優勝とエリート揃いの91期生の中で在校8位という抜群の実績を引っさげてデビューした篠原は
出だしこそ好調だったものの残念ながらその後は伸び悩み。
真偽の程は定かでないものの客席の側の人間の間では「篠原はすでに競輪を諦めて次の仕事を探しているらしい」
などというあらぬ噂が立つくらい、成績は頭を打ち低迷する日々が続いたこともあった。
しかし、篠原はそのまま腐ることなく見事に立ち直った。
デビュー以来あまりスパッと切れる捲りを打つイメージがなかった篠原だったが、いつしか別人のようにトップスピードが上昇。
捲りでも先行でもどちらでもこなせる強力な自力屋へと変貌を遂げたのである。
今回の前橋F1(A級戦)では
初日は同期の永澤剛(青森・91期)に合わされる苦しい流れも驚異の二の足で永澤を叩きラインで上位独占。
2日目は赤板で前を押さえたのち、そのままパワフルな先行で後続を引き切って2着。
決勝は永澤のペース駆けを強力なBS捲りで粉砕。
直後の親王牌に繋がる力強い走りで見事に地元A級卒業記念レースを優勝で飾るという
トライアルレースとしては最高の結果を残して見せた。
さぁ、次はいよいよ親王牌の大舞台。
一度は伸び悩んだ印象だったが、ようやく持てる潜在能力の一端を生かし表舞台に駒を進めて来た篠原忍のこと。
座右の銘の通り「It is not over!(まだ何も終わっちゃいないぜ!)」の精神で
これに満足することなくさらに上を目指して邁進して行ってくれることだろう。
= 参考リンク =
・全プロ自転車競技会レポ(keirin.jpより)
2008年6月22日
わずか二千円の餞別(花月園競輪F2最終日より)
花月園競輪F2最終日2レースA級チャレンジ一般戦。
このレースは沓掛重慶(千葉・76期)、染谷政弘(埼玉・56期)、角掛徹雄(岩手・66期)による3分戦。
沓掛の番手を回るのは、かつてシャープな自力脚を武器にB級戦等で活躍した安孫子裕(神奈川・85期)。
私は詳しいことについては知らなかったのだが、出走表を見てふとあることに気がついた。
そう。
長い間低迷を続けていて最近では緑の服を着るのが当たり前のようになっていた安孫子が
なんとこのレースでは赤の勝負服を着て登場して来たのである。
期末の地元戦最終日のこの出来事。
それが意味するものと言えば、残念ではあるが当然ラストラン以外考えられない。
個人的に安孫子絡みの車券で儲けた記憶はないものの、安孫子と言えばかつてのB級戦おはようレースのスター。
ラストランともなればハッピーエンドを祈ってしっかりと車券を買ってあげたかったところだが
近年の成績を思い返してみれば残念ながら現状の安孫子では
沓掛にブン駆けしてもらったとしてもなんとかアタマが取れるかどうかという状況。
何度も躊躇したが、結局のところ餞別車券は安孫子アタマの2車単4点。
申し訳ないことに金額はわずかに500円づつというところに落ち着いてしまった。
レースは染谷政弘が早めに上昇してインを斬った上を打鐘から沓掛が飛び出して先行。
最終バックでは角掛徹雄が捲り、あわや安孫子の自力発動か?と興奮気味にレースを見守ったが
4番手の久保悟(群馬・51期)のアシストもあって、そのまま沓掛が後続を引き切って直線へ。
ゴール前は番手から抜け出した安孫子と3番手から強襲する櫻本勝治(栃木・32期)とのマッチレース。
あわや喰われてしまったかとハラハラしたが、最後は絵に描いたような見事なハッピーエンド。
ゴール後は場内のいたるところから安孫子への声援が送られた。
敢闘門に引き上げた後にも何度も敢闘門の奥から歓喜の声が響き渡り
やがてバックストレッチ走路まで多くの選手達が出て来た上で安孫子を胴上げ。
残念ながらウイニングランなどはなかったが
確定放送ではしっかりと「安孫子選手はこのレースを最後に競輪選手を引退いたします」とのアナウンスが入り
選手達が自発的に行った、ささやかな安孫子裕引退セレモニーは幕を閉じた。
短い間ながらカラフルなピストレーサーにまたがりシャープな走りを見せてくれた安孫子選手の走りが見られなくなるのは残念なことだが
金網越しの出会いもあれば別れもあるのが競輪というもの。
レース後は見事ハッピーエンドを演出した沓掛重慶選手の男気に感銘を覚えつつ
これまでの感謝の気持ちと安孫子選手の今後の人生がより良いものとなるよう
祈りを込めて拍手を送るばかりだった。
この日、私の人生にはまたひとつ「忘れられない競輪」というものが加わったことは言うまでもない。
雨の花月園
花月園競輪場の坂下にはわずかながら一日500円で停められる駐車場が用意されている。
この日の到着はまだ1レースの顔見せ前の時間。
もしかしたらまだ競輪場の敷地内にある駐車場に車を停められるかも?と思い競輪場の坂下に向かってみると
そこにはすでに駐車場の入庫待ちの長い列ができていた。
ここで順番待ちをしていたらいつまでも入ることができないため
すぐに離脱して車は花月園に来るといつも停めている生麦駅に近いほうにある駐車場へ。
そこからは岸谷(きしや)という道路の左右でかなり高さが異なる味わいのある街を通り抜けて競輪場に向かうことになる。
この近くには将来的に生麦から国道1号・第三京浜方面につながる道路
横浜環状北線に関連して作られる都市計画道路・岸谷生麦線の建設が進められている。
このあたりは山に阻まれていることもありタテのつながりはともかくとして横につながる道路にしっかりしたものがないため
付近の道路の利便性を向上させためには開通が急がれる重要な道路な訳だが
この岸谷地区は岸谷湧水という湧き水が湧き出ているほどの自然あふれる地域であることや
住宅街に幹線道路が通ることにより騒音・振動・大気汚染被害が発生する可能性が危惧されていることから
道路の建設がかなり進行している現在になっても地域の反対が根強いようで
通りのあちらこちらに反対派が掲げる計画の見直しを訴える看板が掲出されていたりする。

私のようなよそ者からすれば幹線道路が出来てくれたほうが、このあたりに来るための選択肢が増えて便利になる訳だが
現地に住まう人からすればそれは望まないことなのかもしれない。
いずれにせよ、道路の建設を行う際には自然環境や住環境を必要以上に破壊することのないよう
自然や人にやさしい開発を進めて行っていただきたいものである。
しばらく歩くとそこはようやく花月園の坂の下。
そこからはわずか数百メートルの坂を上るためだけにわざわざ設置された登坂送迎バスが設置されているという
激坂(?)を上り続けることになる。
途中からは同じく丘の上にある宇都宮競輪場と同じようにエスカレーターが用意されているため
楽に上がることができるのだが、日頃の運動不足が祟ってすっかり汗まみれになっての入場となってしまった。
無事に車券を購入したあとは4角奥にあるカレーコーナーへ。

カレーを注文するとなぜか店員さんにラーメンのスープだけを無料で出しているのでいりますか?と聞かれてちょっとびっくりする。

出されたものはこれ。
カウンターにはソースが用意されていたが、まさにそれをかけて食べるとおいしく食べられそうな昔ながらのカレーライス。
ここに来ると名物・煮込みライス(もつ煮ライス)を食べたくなるが、これもなかなか昭和の時代の空気を感じさせる逸品。
もっともカレーにソースをかけて食べた時代には当然生まれてもいなかった私が当時の様子を知るはずもないのだが
このカレーはおいしいとかまずいとか言う以前に、そうした歴史の重みが感じられて
想像の上の世界でしかない古き良き時代に思いを馳せるに十分な実に深みのある味だったようにも思う。
着々とレースを消化して行くうちに、急に強い雨が降って来た。
よく考えてみると自分が傘を持っていないことに気付く。
完全な車社会である私の地元では、ほとんどの場所に車で直接乗り付けることができ
もしも雨が降っていたとしても傘などを差す必要もなく大抵の場所で用事を済ませることができるようになっていることから
どうしても「傘を持ち歩く」ということを忘れてしまいがちになるのである。
ひとたび傘を競輪場に持ち込めば、帰る頃に気付いた時には手に持っていたはずの傘をどこかに置き忘れてきてしまっていたり
今回のように途中で雨が降ることを事前に見越して傘を用意して行っても
いざ車を降りる段になると傘を持って降りることを忘れてしまったりする。
仕方がないので帰りは坂の下のコンビニに走り、そこで傘を購入した上で駐車場までの長い道のりを歩くことに。

コンビニを出てすぐの場所にあるバス停の片隅には「神社のおみくじ」を模したような体裁で
競輪の出走表がフェンスにくくりつけられていた。

「おぉ、なかなかシャレたことをする人もいるものだな」
…と思わず変に感心してしまったが、これは明らかにやってはいけない行為。
不要になった出走表等はゴミ箱にきちんと捨てましょう。
= 参考リンク =
・岸谷生麦線
・横浜環状北線
・岸谷線の問題点
・岸谷湧水
2008年6月21日
これを審議なしというのはどうも…(平塚F1最終日より)
平塚競輪F1・湘南江の島 海の女王杯最終日8レース。
このレースは小埜正義(千葉・88期)・松山勝久(福井・73期)・中山健(新潟・89期)の自力3車による3分戦。
打鐘で飛び出した小埜正義が先行し、中団に松山、後方に中山の展開。
小埜は後ろの仕掛けを確認しながらのペース駆け。
最終2角から後方7番手に置かれた中山健がようやく捲りを打ち始めた頃
小埜の番手を回った三住博昭(神奈川・61期)は後方を確認。
本格的に加速に入った小埜の先行に乗り、後ろから飛んでくる捲りに備える手筈を整えた…はずだったのだが
三住の車は一瞬車体故障かと思えてしまうほどに急激に減速。
結果、三住は小埜の先行に千切れてしまい4番手追走の松山がそのまま追い上げて労せずして小埜の番手を奪取。
松山は3角で小埜に追いついたあと、そのまま後ろの白井圭一郎(山口・61期)を引き連れて発進。
直線では白井が抜け出して松山とのワンツー。
一旦立ち遅れたあと、必死に踏み直した三住は絶好の展開を生かせずなんとか3着に食い込むのが精一杯だった。
このレースは完全なる三住の失敗レース。
小埜が行ってくれて、あとは後ろから飛んでくる捲りに併せてやるだけで楽に勝てるはずだった絶好の展開が
後ろを振り向いて後方を確認した際の一瞬のミスで一気に台無しになってしまったのだから
三住アタマの車券を買ったファンと同じくらいに本人も悔しかったことだろう。
レースは審判員からの赤旗もなく確定したが
本来であればここまでの致命的失敗プレーをしてしまった三住は審議の対象になってもおかしくはないはず。
決まり手は差し・捲りとのことだがこれはどう考えても競艇で言うところの「恵まれ」。
恐らく勝った白井、2着の松山からすれば笑いが止まらないような儲けもののレースだったことだろう。
車券を買った側の人間は痛い思いをしたというのに
走っている本人は大失敗を演じたにも関わらず何のお咎めもなしというのもおかしな話だし
このままでは車券を買った人間が浮かばれない。
次回開催では三住選手に持ち前の鋭いタテの脚を生かした活躍をしてもらって
今回消えてしまった金を帳消しにするくらいの大きな配当を叩き出していただくこととしよう。
= 参考リンク =
・このレースのダイジェスト
2008年6月18日
奇抜なプロフィール(長岡豪・長野・91期)
明日から開幕の平塚F1で加美山隆行と宮城のヨンテンサンサン様・早坂悟による師弟ラインと戦うことになった
信州・軽井沢の若手カマシ・捲り屋「長岡豪」。

keirin.jpの出走表を見てみると、なぜかそのホームバンクは「つりがね自転車競技場」となっている。
浅間温泉・美ヶ原温泉、それに最近ではBCリーグ(旧・北信越BCリーグ)の信濃グランセローズの試合も行っている
松本市野球場の近くにあるバンクは「かりがね自転車競技場」。
「つりがね」と「かりがね」。
一文字しか違わないし、かえって打鐘を連想させる「つりがね」のほうが競輪っぽい名前であるせいか
91期生がデビューしてからかなりの年月が経過しているにも関わらず未だに訂正される兆しもなかったりする。
長岡のプロフィールを見ると学生時代はスピードスケートをやっていたようで
練習仲間は小野和昭・為田学・伊藤大理となっていて中・南信エリアの選手との交流があるようす。
しかし練習地の表記はなぜか「つりがね自転車競技場」。
街道練習は「風越」と思いっきり軽井沢だから、もしかするとバンクの名称を間違えるくらいにめったに行かない場所なのかもしれない。
競輪学校時代は2勝で47位。
座右の銘は「意地」。
目標選手は「武田豊樹」。
これからの飛躍を期待される長岡だがプロフィールを見て困ったことがただひとつ。

好きな女性・スノーボード???
洋モノ?
奇抜なプロフィールを持つ長岡豪が出走する平塚F1・湘南江の島 海の女王杯では
元・湘南バンクラウンドガールの中田まみさんが中継放送のキャスターとしてデビューするそうなので
長岡のレースぶりとともに、そちらのほうにも要注目だ。
= 関連リンク =
・中田まみさんブログ「MaMiのスッピンRooM」
・SWEET AIRフォトギャラリー 南関レディース&湘南バンクラウンドガール 2007新橋こいち祭り
・SWEET AIR -Dairy Report-2007.06.14 かりがね自転車競技場
2008年6月17日
番手が不安?(函館F2夕刊フジ杯2日目より)
函館競輪F2二日目9レース。
ド先行・大井崇(茨城・73期)のハコという絶好位を回った染谷賢一(茨城・32期)だったが
競走得点87点の大井に対して染谷の競走得点は79点。
メンバー的に飛び付かれる危険性もあることなどから、付いたオッズも大井→染谷7.0倍に対して染谷→大井で29.8倍。
多くの車券を買う側の人間の下した判定は大井の先行を染谷が差し交わせません(大宮・西武園実況・綿貫氏風)というものだった。
実際のレースでは打鐘で発進した大井が大方の予想通りに主導権を握り
長い間低迷を続けている実力者・田村淳史(静岡・79期)が中団をキープ。
後方に置かれた高浜裕一(宮城・69期)はとっさに捲り気味に追い上げて行ったが
ハコをやるのかと思いきや、やったのはなぜか三つ目(3番手)。
道中では結果的に3番手で並走した長井伸一郎(東京・51期)と高浜が露払いの役目を果たして大井は悠々隊列を引いて直線へ。
そのまま大井が堂々押し切って人気通りの決着になるかと見えたが
道中脚を使うこともなく、誰にも擦られることもなかった染谷はジリジリと伸びてゴール直前で大井をチョイ差しして見事に1着。
現状の大井には昔のような強さがないことは事実だが
3番手の長井が伸び切れなかったところを見ても、ここは差し切った染谷が強かったことは間違いのないこと。
ここでベテランレーサー染谷プロの券を買わなかったことを反省したのと同時に
2車単裏目約3千両の高い配当に2度がっくり。
ここは番手が不安なのではなくて自分の車券能力のほうが不安だったということだろう。
11レースでは中村敏之輔(北海道・91期)の番手を回る大橋秀人(北海道・44期)のところに村松昇(神奈川・52期)がジカ競り。
実際のレースではそこにさらに吉田裕全(埼玉・90期)が埼玉若手選手のお家芸・イン粘りで参戦して
中村トシノスケの番手は出入りの激しい展開。
道中は一旦後方に引いた大橋だったが、最終ホームでは事前に申し合わせたように
中村がスパートをかけるタイミングに合わせて再度番手に追い上げて非常にスマートに番手を奪取。
大橋の後ろには齊藤成良(北海道・69期)も続いて最終3角では後ろをしっかりと掃除した上で直線へ。
終わってみれば見事北海道3車で上位独占。
後半レースでしっかりと見せ場を作って結果を残した54歳の染谷賢一、49歳の大橋秀人の両ベテランの走りをネットライブで見て
思わず遥か彼方の北の大地に向かって拍手を送りたくなってしまったことは言うまでもない。
20代半ばで能力の底が見えて腐ってしまう選手も多い中
卓越した才能と並々ならぬ努力、そして競輪に対する情熱を常に高い次元で維持し続けることができなければ
この歳まで現役生活を続けるだけでなく、競走で見せ場を作って連に絡むことなど到底できやしないこと。
次から次へとデビューして来る若手選手をなぎ倒しながら長い間厳しい競争社会で生き続けているベテラン選手とは
強くて頼れる実に偉大な存在なのだ。
2008年6月16日
選手の脚が持たない4日制記念ではまともに車券を買う人間の金も持たない
JKAによる第二回競輪討論会参加メンバー募集の締め切りも迫った日曜日。
前橋競輪場では自転車競技会開催のために場外発売がなかったため
車券も買わずリアルタイムでレースも見なかった熊本記念2日目。
なんの予備知識もなく日々罵詈雑言さんのところを見に行ったところ
小嶋敬二がとんでもないレースをしたということで大変嘆いていらっしゃった。
確かにこれでは後半だけ見れば何かの間違いで小嶋敬二と小嶋雄太(神奈川・85期・A3)が取り違えられて出走してしまったようなレース。
いくら滑走路バンクだからと言って最終3角への入り口で流してどうすんのよって。
最近の小嶋はうっとうしいくらいに「競輪界のために」的な言葉を連発しているのを見聞きするが
準決勝に向けて脚を温存したことは間違いないこのレースのどこが競輪界のためになるというのか
甚だ疑問が残るレースだったように思う。
当日は日曜日。
たまの休みに他のどこにも行かずにまっすぐ競輪場に行き小嶋の車券を買った人はさぞがっかりされたことだろう。
以前の小嶋はとてつもなく強いのだが時として馬○?とも○鹿?とも言われるほどの暴走をしてでも見せ場を作った
常に全力で戦うすばらしい選手だったはずである。
ところが最近の小嶋は残念なことに勝ち上がりを意識した競走をして
4走すべてを全力で走る競走をすることがほとんどなくなってしまったようにも思える。
これは裏を返せば「小嶋ほどの選手であっても脚を温存しないと全力で走り通すことができない」という
現行の4日制記念競輪の欠点を露呈するものでありファンとしては早急に見直していただきたいポイント。
車券を買う側とすればこういう場面の小嶋はやらないとして最初から外して買えばいい訳だから特に狙い目だったりする訳だが
それでは小嶋ならばなんとかしてくれると信じて車券を買った人があまりにもかわいそうというものだろう。
2日目の特別優秀選手のように何着であっても準決に進めるというような制度下では
当然のようにこうした無気力レースを生む可能性が潜んでいる。
今のところJKAの討論会とやらではG1のことしかお題に上がっていないようだが
こうした現状もこれから当然のように議論の対象にしてやる必要があるだろう。
先に行われた競輪討論会でも議題になるのはいつもグレードレースばかり。
楽しい楽しいヒラ開催はまるでやる人が全くいないかのように、いつまでたっても議題に上がる兆しすら見えて来ない。
現在の記念競輪は日程が進めば進むほどにどんどん前半戦の競走がつまらなくなる傾向にある。
この原因はただ単にS級の選手が増えすぎたからに過ぎず
旧来の3層制度に戻してやればS級上位と下位の間に著しい実力差が出て拍子抜けしてしまうこともなくなるはず。
これは裏を返せばA級戦(エフツー開催)の拡充にも繋がることだし
当然議論されてしかるべき題材であるように私は思っている。
新制度に変わってからというもの
目先が変わってだいぶフレッシュな印象を受けたものだが、制度がこなれてくればこの有様。
本当に求められているのは目先を変えることだけではなく
根底を覆すことなく維持してやったうえで時代に即した柔軟な対応をしてやること。
確かに一流選手の「やらず」を読んでやるのも面白いことなのだが…
私としては自分の買った車券が当たっても外れても
車券を買った対象選手がやれるところまでやってくれる…そんな競輪が何より見てみたいという気持ちでいっぱいだ。
= 関連リンク =
・眞子様詔勅Flash
2008年6月15日
競輪文化を破壊するのはあなた
最近、競輪の中継を見ていると聞き慣れない言葉を耳にすることが多くなった。
2番手戦…ゴールスプリント…等
アナウンサーによっては、思わず「何だね?その言葉は?」と突っ込みたくなるような言葉のオンパレードである。
番手という言葉は競輪という競技を象徴する言葉でもある訳だが
近年では競馬においても「逃げ馬の番手で控えて抜け出す競走」などという用法で使われるようになり
スポーツ新聞などにも書かれている通り、競輪を知らない競馬ファンにも一般的になりつつある言葉。
ハコをやる。すなわちそれが番手勝負。
競輪選手のみならず、その言葉を発するファンの側も思わず力が入ってしまう重みのある言葉。
それが番手勝負。
しかし一部のアナウンサーはそれを敢えて2番手戦などという思わず力が抜けてしまうような言い方をする。
なぜそこまで言葉のリズムが崩れる言葉を使ってでも競輪の伝統ある用語を用いないのか?
正直なところ私にはその意図がさっぱり理解できない。
オリンピック競技のケイリンとしてのグローバルスタンダード化を求めて。
そして新規ファンにも分かりやすく。
恐らくそんな思惑があってそのような言葉を用いているのだろうが
普通、競輪ではハコ勝負をすることを2番手戦とは言わないし
最終直線の攻防を「ゴールスプリント」と言う競輪ファンなどはめったにいるものではないだろう。
昨今、密かに進められている競輪のケイリン化はこんなところからも進んでいるのである。
・競輪学校ではヨコは一切教えずタテに踏むことばかりをやらせる。
・そんな教育の下でデビューした新人はヨコができないから軽いブロックを受けても簡単に落車する。
・ブロックした側は軽いブロックでも失格にされてしまうから横の動きが怖くてできなくなる。
・自力屋は逃げても後ろに仕事をしてもらえないので必然的に遅い仕掛けになる。
・遅い仕掛けのダッシュ戦になると必然的に混戦になるから、時として選手が交錯して大量落車で客離れを呼ぶ。
競輪とは本来ラインというチームが織り成す共同作業。
単走では到底持たない距離を後ろの援護を受けてなんとか持たせるのが競輪というものである。
しかしそれが今ではすっかり自力屋は自分だけが届く仕掛けをするのが主流で
競輪場に行っても競輪競走が行われることはほとんどなく、ほとんどが自分だけ届けばいい個人競技のケイリン競走ばかり。
果敢に仕掛けたが残念ながら最後まで持たなかった選手に
「よくやった!」「あともう少しだったのに残念だったな!」「次はがんばれよ!」
そんな声を掛けることができるようなプレーも残念なことにほとんど見られなくなってしまった。
今の競輪は残念ながらパチンコと同じ。
選手という生きた銀球がバンクを回り、ジャンがなってからはデジタルが回るようなそんなイメージしかない。
それならばもっといろいろな演出が用意されているパチンコのほうがまだ面白いのではないだろうか?
昔ながらの味のある人間味溢れる競輪が姿を消しつつある昨今
恐らく目的は違うのであろうが競輪中継のアナウンサーやキャスターまでが
古き良き時代からの伝承である競輪文化を意図的に解体しようとしている現況は競輪ファンとして決して気持ちがいいものではない。
国際化が進んでいる競馬においても「テンのスピードが」「ゲートが早い」「ヤネの乗り代わり」「乗り役」「しまいの脚」など
昔から使われている言葉は現在でも普通に使われている。
もちろんそれはギャンブル以外の野球やサッカーにも言えること。
それなのになぜ競輪だけが意図的にこれまでの競輪文化を捨て去ろうとするのだろう?
競輪の用語は特に難しいものでもなんでもないし乱さないでもらいたい。
競輪においてはいつの時代も逃げるやつが一番強く、そいつのハコは一番強いマーカーが回るのが鉄則であって欲しい。
だからこそ2番手なんてヌルい言葉でその絶好位を表現しないでもらいたいのだ。
2008年6月12日
北松戸オケラ街道を往く
松戸競輪メダリストプランニング杯初日7レース。
逃げた大塚玲(神奈川・89期)の後位はもつれ悠々逃げ切った大塚の次位は
捲り追い込んだ川井利晃(群馬・74期)と白水洵(しらみず・まこと=福岡・89期)が並んだ状態でゴール。
判定は写真判定に持ち込まれたが、着順確定後に提示された判定写真には
自転車の前輪よりも自分の頭のほうが先に入線している「超・前傾野郎」川井利晃の姿がクッキリと映し出されていて大爆笑。
(競輪の場合、自転車の前輪の到達をもって着順が判定されるので競馬のように「アタマ差」で先着ということにはならない)
その川井も残念ながら翌日には藤田大輔らともつれて落車、帰郷の憂き目に遭ってしまい
私個人としては少々見所が少なくなってしまった感もあったのだが
さらにその翌日に行われた松戸F1最終日に出掛けてみることにした。
普段松戸競輪場に行く際には上武道路(国道17号)から東北道の羽生か加須に入って
そこから川口JCT・外環経由で三郷鷹野から松戸有料を通って向かっているのだが
今回は最近延伸した北関東道を通って太田・足利に抜け、兵藤一也らを輩出した佐野日大がある栃木・佐野から
東北道に入るというちょっとお金の余計にかかるコースを試走してみたところ、自宅からものの1時間半程度で松戸競輪場に到着。
今回私は初めて開門時間に松戸競輪場に入ってみたのだが
入場口には平日のヒラ開催だというのに開門前からすでに多数のファンが勢揃いしていてなかなかの熱気。
その平均年齢はゆうに60歳を超えているように見えるのは少し残念な気もするのだが
ここにいる人達こそがまさに競輪の歴史を今に伝え、今の競輪を未来に伝える重要な担い手。
女子供などは寄せ付けないこの雰囲気こそが競輪の醍醐味とも言えるのかもしれない。
入場すると入り口を少し入ったところで松戸をホームとするケイリンガールズLove9がお出迎え。
この日行われるエキシビジョンレースの投票用紙をメンバーが各自手渡しで配布していておじさん達も上機嫌。
メンバーの4番・さとこさんは膝にテーピングを施すという、おおよそキャンギャルらしからぬいでたちで登場していたが
エキシビジョンレースでは2・まちゃこさんのカマシに乗り抜け出しての1着。
当初はメンバーではなくカメラマンとしてLove9に参加して、いつの間にやら選手になってしまったというのが信じられないくらい
最近では常に優勝候補として名が挙がるほどの実力を身につけて来ている。
新人さんの誘導の引き方、抜け方はまだまだいまひとつな感じではあるものの
33バンクを生かしたスピードレースを展開するなどして
最近では発足当初のバラバラなレースぶりが嘘のようにいいレースができるようになってきていることに改めて驚いた。
この日は千葉県所属94期生によるスプリント戦も行われてアテネオリンピック日本代表「吉澤賢」選手や
趣味・漫画喫茶「岩本俊介」選手、名門京葉工業出身スプリンターで中村浩士選手のお弟子さん「佐渡空史」選手らが登場。

(ポリカーボネート援衝フェンスごしの撮影のため画像は不鮮明になっております)
番手から仕掛けた吉澤選手に乗った岩本俊介選手が兄弟子をかばいながら残すという
スプリントというよりは実際の競輪競走を見据えたような内容の競走を展開、尚一層94期生のデビューが楽しみになった。
競走の合間には早目に車券を買った上で競輪場を中抜けして競輪場のすぐ近くにある蕎麦屋「やまわ」に行って
「おおもり」という名の大盛りそばを食べながら店内で流されている松戸競輪の中継放送でレースを観戦。
事前にここのそばはなかなか量が多いですよという話は聞いていたのだが
量だけでなく肝心の蕎麦のほうもなかなか風味が感じられる蕎麦で想像していたものより上質なものだったため
たまには外出券をもらってここに食べに来てもいいかなという感じ。

食後に甘めの味がするめんつゆに蕎麦湯を混ぜて飲みながらレースの模様を見ていたところ
期待の上田浩(山梨・54期)は前を回る伊藤太一(山梨・91期)がインで粘る競走に転じたこともあって2着まで。
私の車券は見事に紙屑と化し、結局のところ随分と高い蕎麦となってしまった。

ひさびさにアオケイを見てみたら「落避けリーチ」「競負けリーチ」。
なんでだろうと3秒間考え直してみたらそれは「立て直し」と読むものだった。
どうやらアタマの中まですっかりギャンブルに毒されてしまっているらしい。

地面にばら撒かれたハズレ車券が青や緑の光に映える道。
それが北松戸オケラ街道のスタート地点。
ギャンブル場から出てくる客というのは余程「負のオーラ」が強いのか
面白いもので道行く人は決まってオケラの民の列を避けるようにしてそそくさと足早に走り去っていくから不思議なものだ。
オケラ街道の向こうには光が見えるのか、それともひたすら闇が続くのか…。
競輪客は先に見える僅かな光を求めて、明日もまたバンクに向かって吼え続ける。
その先で待つ光とは勝利なのか、それとも勝敗を超えた何かなのか…?
非生産的な行為でありながら、なぜか人を惹き付けて止まない不思議な魅力を求める競輪客の旅は続く。
競輪競走と同じように競輪客の数だけ星の数ほど展開されて行く人間ドラマ。
そのドラマはこの世に競輪がある限り永遠に続いて行く。
= 参考リンク =
・Love9.jp
・枕とおやつを持って「合格発表!!(93回生)」
・メッセンジャーと松戸競輪(表の家より)
2008年6月11日
たまには個人ブログらしい内容でも…
デキスギさんとこの岩本俊介千葉バンクパレード動画を見たら
動画よりも動画のスキンに使われている「すき家」のほうが気になってしまいましたので
これからすき家に行って牛丼を食べてきます(笑)
海老根さん優勝おめでとう。
最近は昔のように積極的に仕掛けてくれる場面も多く見ていてとっても気持ちがいいです。
中村さん!焦らず着実に行きましょう!
ミイラさん(藤田大輔選手)お大事に。でも昨日も今日も車券を買ったけど見ていてなんか悔しかったな。
そして7月1日デビューの岩本俊介選手。
卒業記念レース初日の2走目の興奮は一生忘れられません。
あなたならきっと観衆を熱狂させることが出来る選手になれるはず。
初心を忘れることなくがんばってください。
…でも趣味・漫画喫茶には大爆笑させていただきました。
スーパーアスリート吉澤賢選手は7月21日の立川競輪デビュー。
卒記レースではいまひとつでしたが元々身体能力の高いスーパーアスリート吉澤選手のこと。
自分にあった戦法が見つかれば必ずや頭角を現してくることでしょう。
お師匠様は雨の日のレースが終わった後、走っている時に口の中に飛び込んできた雨水を吐き出したところ
2ちゃんねるに【客に唾吐き】なんてスレッドを建立されてしまったそうですが…
競輪選手というのは厳しい練習を積んで競走に出てもバンクに出れば「アホ」「死んじまえ」と言われた上に
2ちゃんねるに誹謗中傷スレッドまで立てられてしまうという大変な商売。
成績が伴わない時などは心が病んでしまうほどにダメージを受けてしまいそうですが…
これからもがんばって車券を買う側の人間を楽しませてください。
ちなみに昔あったという「もりもりモリリンの地下室」という幻のサイト…見てみたかったなぁ…(笑)
…と書いていたらこんなニュースが流れていたんですね
千葉県印西市別所の市道で、乗用車にゴムロープで牽引(けんいん)された自転車に乗り
練習中だったA級競輪選手の小島博幸さん(44)が緩い左カーブでバランスを崩して転倒。
頭の骨を折るなどの重傷を負った。命に別条はないという。印西署が事故原因を調べている。
調べでは、小島さんは同日昼過ぎから公道での練習を開始。
ロープで車と自転車を結びペダルをこがない「クールダウン」の状態で引っ張られていた際にバランスを崩したという。
時速は約30キロ出ていたが、ヘルメットはかぶっていなかった。
未だに頻繁に車券に絡む活躍を続ける選手が多数存在する53期の中にあって特に穴の魅力たっぷりの小島選手。
ヘルメットを被っていなかったというのは…ですが一日も早い回復を祈りたいものです。
先日出場していた大宮F2で私は連日小島選手絡みの車券を買っていましたが残念ながら車券に絡めず。
もしかすると小島選手自身も納得の行く成績ではなく気合いを入れて練習している最中だったのかもしれません。
もう少し腰を据えて取り組めるような環境が作れないものだろうか…
今年の高松宮記念杯競輪最終日はここのところ恒例となっていた弥彦競輪・すぴRitsの模擬レースに代わって
松戸競輪・Love9の模擬レースが行われた。
Love9のほうはレギュラーメンバーに加えて新人も育ってきているようで充実一途のようで何よりだが
すぴRitsのほうは先日のふるダビを最後に引退した大橋郁美さん、本田美羽さん、渡辺まりさんのほか
昨年の秋には青瀬千里さん、そして最近では杉本真理子さんまでもがいなくなってしまったとのことで
この手の女性ユニットを長く続けることの難しさを露呈しているような感じ。
今後も、もしかすると各地でこのようなチームを作ろうという動きも出るのかもしれないが
私のようないち競輪ファンからすればこうした女子競輪チームのメンバーには
収入面や福利厚生、さらには万一ケガをした時の補償関係など労働環境面からもより一層のサポートが行われて
こうしたある種特殊な労働をする女性達がこの仕事をある程度長く、腰を据えて続けられるような環境が
充実してくれることを祈るばかりである。
競輪場というところは残念ながら闇社会とのつながりも深く
場内に貼り出している掲示物を携帯カメラに撮っただけで騒ぎ出すような証拠に残っては困ることがいっぱいある閉鎖的空間であることは周知の通りだが
弥彦競輪が打ち出した競輪場としては実に画期的な企画であるすぴRits写真コンテストは
そんな競輪場の閉鎖的環境を打破するための重要な布石。
残念ながらふるさとダービー弥彦の開催中に、私のすぐ隣で写真を撮っていた人が
警備員から肩を叩かれ「撮影禁止なんでやめてください」と言われるという珍プレーに遭遇してしまったが
私自身は弥彦本場で一度もそんなことを言われたこともないし、これはこの日たまたま競輪場に派遣されて来たような
普段見かけない警備員がたまたま言って来ただけという非常にレアなケース。
しかしもし間違ってでも写真コンテストを入り口として競輪場に来た人がそんなことを言われたら
その人は二度と競輪場に来てくれなくなってしまうことだろう。
別に私のような一競輪ファンにとっては競輪客が一人減ろうが競輪ファン予備軍が一人減ろうが何の関係もないのだけど…。
先ほど聞いた話では九州地区の競輪ファンにはおなじみの大石華絵さんがすぴRits入りするというビックリな話があり
これによってこれまで以上に九州方面からの注目も集まるだろうし、今後の展開には注目したいところ。
本体の競輪自体が斜陽産業となってしまっている今、こうしたメンバーを雇用・育成するのは金銭的にも大変なのだろうが
せっかく盛り上がりつつある、これまでとは別の角度から競輪場に集客を図ることができるムーブメント。
諸問題をクリアしてこのまま一気に盛り上がって行ってもらいたいものである。
2008年6月 7日
宇都宮競輪場の新スタンド建設は順調に進行中
この日はF2戦を観戦に宇都宮競輪場まで。

駐車場から歩いて長いエスカレーターのある北入場門を目指すと
その途中には「競輪ファン専用無料バス」と銘打たれたオケラバスが多数待機していた。
オケラバスの後ろには、ようやく骨組みが組み上がって来た新スタンドの姿も。

現在新スタンドの建設工事に伴って観戦スペースが非常に狭くなってしまっていることから
宇都宮競輪場では通常500円の特別観覧席が300円で入場できるように特別価格が設定されている。
特別観覧席の中にあるジュースの自動販売機は無料になっているから
これはおおよそジュースを3杯飲めば元が取れる計算なので非常にお得。

無料支給のジュースのコップにはご丁寧に必勝祈願の文字も。
その文字のご利益があったのか、この日は車券のほうも割と好調なままレースを消化していった。
10レースではスタート時に過剰な牽制が入り、4.00ギアの大塚円が落車。
スタート直後の25メートル線通過前のアクシデントであったため、大塚は接触した隣枠の柴田洋輔とともに身体・車体検査ののち再発走となったが
重い4.00ギアでの過剰牽制行為は想像通りこうしたアクシデントに見舞われる可能性も高くなるのだということを
改めて実証して見せてくれたような出来事だった。

(自転車通行帯が用意されている競輪場前の大通り)
特別観覧席に入ると快適ではあるのだが、そのぶん臨場感というものが全く失われてしまうので私としてはあまり好きではない。
この日もなんだか場外やネット投票で競輪をやっているような感じでアッサリと全レースを消化して終了。

帰りは幸楽で焼きダブル・スイダブル(焼き餃子二人前・水餃子二人前)の餃子を食べてから

近くのスーパーで宇都宮の味覚・レモン牛乳を購入。
名前はレモン牛乳でもすっぱくはなく、昔で言うところのホームランバーのようなラクトアイスの後味が楽しめるという
不思議な飲み物を飲みながら帰路に就く。

途中では先の北関東道・藪塚太田インターの開通により県外からもだいぶ来やすくなった桐生競艇場に寄ってナイターレースをやったのち
競艇開催終了後は競艇場を出た先にあるパチンコ店で銀球を弾くという退廃しきった人生を送る。
あとで知ったのだが北関東道の延伸に伴って設置された波志江PA(はしえパーキングエリア・伊勢崎市)には

レモン牛乳(関東・栃木レモン)を模した「レモン牛乳クッキー」なるものが売られていた。(前橋方面行きPAで確認)
このシリーズは他にもレモン牛乳ケーキも存在するなど多岐に渡る商品展開を見せていて
すっかり宇都宮名物への道を歩んでいる様子。
宇都宮競輪に行った際には餃子だけでなくマロニエの街、カクテルの街、レモン牛乳の街など
非常に欲張りな展開を見せる宇都宮市内の観光も兼ねて出掛けてみるとより楽しめていいかもしれない。
= 関連リンク =
・宇都宮幸楽
・レモン牛乳まとめサイト
2008年6月 2日
競輪のある街へ Last Stage 思いもよらぬ場所で目が覚めた日
福井から山出裕幸ロードを駆け上がり九頭竜湖駅(兼・道の駅九頭竜)にたどり着くと
そこから先の長い道のりに備えてひとまず車を降りて休憩してみることにした。
日中は暑くて半袖Tシャツ一枚で十分なほどの陽気だったが、さすがにこの時間、この場所になると肌寒い。
自動販売機で暖かい缶コーヒーを買い、それを飲みながら周囲を散歩してみると
空にはきれいな星空が広がっていた。
このあたりには雪害や水害が元となり住人が離村して廃村となった村や
ダムの建設に伴ってダムの底に沈んだ村も多数存在しており近代日本史の歴史ロマンを感じることができる場所であるし
かつてここには穴馬村(上穴馬・下穴馬)という地名があったことから
当地にある穴馬神社は稀に競馬ファンがご利益を求めて訪れるほどの隠れた観光名所にもなっているとのこと。
(ただし穴馬は「あなうま」ではなく「あなま」と読むらしい)
昨年訪れた際にはいきなり国道の脇にイチローが立っていてびっくりしたものだが

このあたりは観光地然としていない自然なおもしろさのある場所がたくさん揃っているようだ。
無料化された高規格道路・油坂峠道路を越えて白鳥(しろとり)に抜けたあとは
普段であればETC通勤時間帯割引を使って飛騨高山まで飛んでしまうのだが
今回は時間が十分にある代わりに金がないので地道に国道を抜けて飛騨高山へ。
飛騨高山と言えば古い町並みや飛騨牛・朴葉味噌・さるぼぼなどで有名な街だが
競馬ファンであれば思わず「フサイチ!」と叫んでしまいそうなこんな喫茶店やら

(ここで言うエアデールはフサイチエアデールではなく犬種のエアデールテリアをさすようだ。2008.02.02撮影)
イーグルカフェなんていういきなりジャパンカップダートを勝ってしまいそうな名前のカフェも存在するようだから
もしかしたら福井の穴馬神社同様に一部の競馬ファンからの注目度も高いエリアなのかもしれない。

(2008.02.02撮影)
街を散策するといわゆる古い町並みエリア以外にも味のある場所がたっぷり。
私の世代からすればあくまで想像の中の世界でしかない昭和の古き良き時代の空気を感じながらの散策はまた格別なものである。

今回は夜の通過ということもあり、残念ながらそれらはスルーしてそのまま国道を進み安房峠道路へ。
しかし前日1時間半程度、車中で仮眠を取った他は休憩時以外ずっと走り通しだったこともあってか
さすがにこのあたりで激しい眠気に襲われたためトンネルの料金所の横でひとまず仮眠しておくことにした。
しかしなんと目が覚めてみたらすでに周囲は明るくなっていて時刻はすでに午前5時半。
今年1月の競輪祭の帰りにここを通った時には
降り積もる雪を掻き分けて乳白色の湯で知られる白骨(しらほね)温泉に寄るなどしてゆっくりして行ったのだが

(写真右が白骨温泉泡の湯旅館内湯。空気に触れると白くなるので片方の源泉ジカの浴槽は透明度の高いお湯となっている)
今回はこのまますんなり山を下って通勤ラッシュを避けつつ
妙高市(旧・新潟県新井市)にある場外車券売場サテライト妙高に行って高松宮記念杯競輪をやることにした。
安房(あぼう)トンネル(普通車750円)を抜けた先には景勝地・上高地などもあるほか温泉なども多数。


(松本市安曇上高地・河童橋付近にて2007.10.06撮影)
思わず寄って行きたい場所がたくさんあったのだが、そのまま下山し松本の新村(にいむら)から安曇野方面へ進む。
ちなみに新村という土地は「ものぐさ太郎」さんという長野県外の人間はあまり知らないであろう昔話の主人公の出身地だそうで
ものぐさ太郎祭りというすごい名称の祭りまで行われているとのこと。
信州人独特の言葉に「ずく」という言葉があるのだが
ものぐさ太郎のお話に出てくる最初の頃のものぐさ太郎は信州言葉で言うところのいわゆる「ずくなし」の状態。
「ずく」とはものごとに立ち向かう気力や活力、勇気などを表す言葉だそうで
標準語に訳す適当な言葉がなかなか見当たらないというポルトガル語のサウダージにも匹敵する特異な言葉。
この話は「ずく」を出して頑張ればいいことがあるという教訓の意味を持った信州独特の伝承なのだろう。
長野では他にも県民のほとんどが県の歌「信濃の国」が唄えるなど
群馬県人のほとんどが上毛かるたの句を暗記しているのと同じように特異な県民性というものを持っている。
興味がある方はWeb等で詳しく調べてみても面白いことだろう。
その後は国道18号線を通って長野では有名な小布施の遊園ラスを通り過ぎたのち
せっかくの機会なので豊野から信濃町へ向かう途中の丘の上にある前から気になっていた一軒の食堂に寄ってみることに。
食堂の名は「こずえ食堂」。
周りはかなり人口密度が低い場所にも関わらずなんと24時間営業。
ここを夜中に通りかかる時などはいつも「試しに寄ってみようか」と思うのだが、ここらのエリアで有名な食堂ミサやニューミサには入ったことはあるものの
この立地で24時間営業ということもあって逆にどこか恐ろしいような気がしていままで入れずにいた。
意を決して店に入るとそこは普通の食堂。
650円から980円の各種定食を始めとして丼もの・麺類から馬刺し・ジンギスカン・酒類と100種を越えるというメニューは
見ているだけでいろいろ目移りしてしまったが、ここはオーソドックスに店名が冠せられた「こずえ定食」(780円)を注文。

なぜに「串かつ?」と思ってしまったが、肉厚も十二分にあってなかなか上等なもの。
これで付け合せのとろろがスライスではなくて摩り下ろしなら言うことはなかったが、まあまあ量的にも味的にも満足。
聞くところによるとここの食堂は豚汁が名物らしいので次回はそのあたりを攻めてみたいものだが
いかんせん8号・18号沿線には魅惑の店が多くてここに至るまでに食事が済んでしまっていることがほとんどなのが残念なところである。

程なくしてサテライト妙高に到着。
名物ハズレ車券供養箱や半径数メートル以内に客が寄り付くと即座に立ち上がって最敬礼するおねえさんは健在だったが
ただでさえ寂しかった食べ物の売店は以前よりも更に縮小傾向。
それもそのはずでここから車ですぐの場所にある道の駅あらいに行けばコンビニでも牛丼屋でも回転寿司屋でも何でも揃っている。
中には家から弁当を持ってきている人もいたし、場内のカップめん販売機で買ったカップラーメンにお湯を入れて食べている人も多かった。
これは客が車券に費やせる金が少なくなっているのと同時に飲食に使える額も減ってきているという証拠なのかもしれない。
場内では以前と同じようにレースの合間に地元の物産の紹介放送があったり
入り口横には各社のパンフレットや妙高山麓ゆめ基金の申込用紙なども置かれていた。
妙高市は燕温泉や赤倉温泉など温泉通に有名な温泉がある土地だけに車券で儲かれば「ゆめ基金」の
「温泉等の地域資源を生かした健康増進や癒し体験等ヘルスツーリズムに資する事業」というのに寄付してもいいかなと思っていたのだが
残念ながらこの日は車券が儲からず。
公共の福祉に役立つようにと寄付金を贈呈する機会も多い公営競技の選手に習って
私も折を見て小額ながら年に何度かはそうした活動を行ってはいるのだが最近はしばらくご無沙汰な感じ。
ギャンブルをやっているとどうしても私利私欲に走りがちになるが
旅の最後の最後にこうした公共の福祉に目を向けることで私利私欲に走る心にブレーキをかけることができ
それだけでも意味のある妙高行きであったと、満足しながら家路に就いた私なのであった。
= 関連リンク =
・道の駅「くずりゅう」
・穴馬の伝説と民謡
・飛騨高山朴葉みそネット
・飛騨高山イーグルコーヒー
・白骨温泉泡の湯旅館