2005年10月18日

番手が信頼できなければ早駆けはできない

京王閣記念決勝。
ここでもガンガン逃げるであろうと目されていた乾準一。
決勝はいつもよりも仕掛けが遅く、前で待っていた武田がしびれを切らして先行。
武田と乾で先行の叩き合いとなり
吉岡稔真の絶好の捲り頃を演出してしまう結果となった。

こんなこともあろうかと私は吉岡-柴原の車券をしこたま買っていたのだが
柴原はいつもの柴原らしからぬ走りで後ろの後閑に食われてしまい
車券は紙クズになってしまった。

決勝でも当然乾準一がいつものド先行を見せると思われていたのだが
実際にはかなり遅い仕掛けで武田に叩かれてしまう結果となった。

これには初日特選で乾準一-加藤慎平-山口富生の
ラインで回った際の出来事が大いに影響を与えていたように思う。

そのレースではいつものように乾がジャンガマシから一気の先行。
最終BSで4番手から松本一成が捲ると
加藤慎平はそれを牽制するかと思いきやなんと番手捲りを放って応戦。
最後は吉岡の捲りの前に屈し、慎平は4着に終わった。

もしかすると松本の捲りを止めに行った際に慎平の目には
吉岡の捲りが見えていたのかもしれない。
しかし初日特選であるということと前が他地区の先行選手
しかも自分より先輩であるということを考えたら
あそこで迷わず番手捲りを打つというのもどうかと思ってしまう。

勝負駆けのレースであれば仕方ない気もするが
あそこで全く仕事をせずに番手捲りを打つというのは
「マーカーとして恥ずべき行為」だったのではないだろうか?

おそらく乾には決勝で早駆けしすぎても軽く武田に捲られてしまうという
思いもあっただろうし
後ろの慎平が全く仕事をしないから、なおさら早駆けしては勝負にならない
との思いもあったことであろう。

A級時代に乾と武田は同じレースで当たったことがあり
そこで乾は武田に全く歯が立たず敗れたという。
乾はそのことをものすごく意識していて
今回はなんとしても武田に真っ向から立ち向かうレースが
したかったはずである。

しかし番手がまたしても全く仕事をしない加藤慎平。
それでは勝ち目はないからギリギリまで仕掛けを遅らせて
武田に抵抗したかったのであろうと推測される。

番手が古原勝己であれば…
そんな気持ちは当然乾の中にはあったことであろう。

この大会で乾が決勝に進めたのは古原の存在があったからである。
古原勝己は「古い気質のマーカー」であり、文字通り体を張って乾をガードした。
しかし…初日特選と決勝で同乗した加藤慎平は…。

実力的にも実績のうえでも、今や加藤慎平は中部の中心選手となった。
これからも中部の主力選手として大物自力型選手の番手を回る機会も
これまでに増して増えていくことであろう。
しかしあの走りは…?

同じ岐阜の濱口高彰が乾の番手を回ったなら
果たしてあんな走りをするだろうか?

今回のこのレースで加藤慎平は他地区の先行屋からの信頼を
かなり失ったに違いない。
脚質がどうこうとか…そんなことは関係ない。
ひとたび番手を回れば、やらねばならない仕事はひとつ。
それすらできない者には先行屋の番手を回る資格はない。

人間の微妙な感情がレースに作用する競技…
それが競輪。
この奥の深さこそが競輪の魅力なのだ。