2007年4月30日

手島慶介が決め打ちで西武園記念を制覇!

コメントではいつも「先行以外なんでもありのゲリラ戦」と答える手島慶介。
そのコメントだけではなにをやるのかかなり漠然としていてわからないのだが
彼は選手紹介で自分のやる可能性のある動きを事前にしっかりと見せてくれることが多い
…そんな選手だということをご存知だろうか?

西武園記念の決勝は2・2・2・2・1の細切れ戦。
行ったモン勝ちの西武園のバンク特性、それにスピードある自力屋が揃った時点で
勝負はホームカマシより遅い仕掛けになりそうなことは容易に想像できる。

メンバー中、中団をうまく取って来そうなのは新田。
そしてメンバー中で唯一抑え先行ができるのも新田。
このメンバーでは先手ラインの3番手にうまく飛び付こうとしても
そこを恐らく取りに来るであろう新田とケンカしていたのでは勝つことはできない。

恐らく手島もそう考えたのだろう。
見事な発想の転換である。
新田とケンカしてでも位置を取りに行くのではなく
うまく新田の動きを利用してやろうと言うのだから。

手島はこのレースの選手紹介時にしっかりと新田ライン後位につけた。
これならもし新田がわざと手島が届かないような仕掛けをしたとしても
手島が先に動いて新田にフタをしてしまえば新田の踏むコースはなくなってしまう。

実際のレースで新田は手島がつけて長くなったラインを生かして先行した。
下手な動きをすれば手島が寝返って妨害してくるだろうし
ある意味新田は手島によって逃がされたと言ってもいい…そんな状況だったのだろう。

結果、新田は手島を引き連れて先行。
志智は後ろの慎太郎を引き連れてカマす度胸もなく後方に引き
前々に踏んだ石丸は内に詰まって内田慶の危なっかしい当たりに潰されて早々に終了した。

手島はいつものように最終バックから早めの仕掛けで発進し
3角では早くも先頭に踊り出る。
「それじゃあ仁義なき児玉捲りと一緒じゃないか!」という話もあるが、これが手島ならではのゲリラ戦。
そして早めの仕掛けもやはり手島ならではのものだった。

志智の捲りに気がついていたのか…それとも新田の先行がかかっていないのが分かったのか…
そのあたりはよく分からないがホームバンクの前橋と同じく
3角捲りがなかなか決まらない西武園ではこの策が最良だったことだけは間違いない。

この流れなら手島の番手を追走した内田慶にとってはある意味最良の展開。
レース後のコメントからも分かるようにこの時の内田には
「自分が勝つこと」しか見えていなかったようだ。

競輪においては例え捲りに回ったラインであったとしても番手の仕事と言うものは存在する。

ここで自分が勝つことだけではなく、内田に一度でも「後ろを振り返る余裕があったなら」
このレースの車券はもっと買いやすいものになっていたに違いないだろう。

鋭い勝負勘で王者の風格すら漂わせる手島慶介とは対照的に
オレがオレがと自分が勝つことしか見えていなかった内田慶。

西武園らしいスリリングなスピードレースとともに
選手の心理が浮き彫りになったこのレースはいかにも競輪らしいすばらしいレースだった。