2008年1月 6日
手づかみで肉食獣になりきれる!?確かなアフリカンビートを感じる競輪場(立川競輪場)
この日は自身実に5年ぶりとなる立川競輪場へ。
日曜日は都心部にある路上パーキングの多くが無料で止められるため
競輪終了後は都内のお店を回ろうと、車を一旦都心部に置いた上で電車に乗り換えて立川競輪場へと向かった。
(立川競輪場周辺には駐車場は用意されていて車に乗ったままでも問題なく競輪場に行くことができる)
普通、競輪場の近くの駅に着けば
目的地の競輪場がどこにあるのか分からなくても、それらしい香りのする人を追走していけば現地にたどり着けるものだが
立川の場合は競輪場の反対側に競馬の場外馬券売場があるためになかなかその手も使いにくくなっている。

とりあえず駅を降りたら北口の方向に進むと覚えておこう。

駅前からは「オケラバス」(無料送迎バス)も出ているようだが
普段歩く機会が少ない田舎者の私は歩いて立川競輪場を目指すことに。
駅を出てすぐの場所に1080mの表示があるくらいなので実際のところ大した距離ではない。

駅前の道をまっすぐに進んでいくとやがてこのような看板が現れるのでそこを右折。
「ニセ税理士に注意!」と書かれた立川税務署の前を通り抜けた先に立川競輪場は現れる。

競輪場入り口の目の前にある噂の佐久間工務店を横目にコインゲートに50円を放り込んで場内へ。
この日は一万人を越える入場者があるかと思い、身構えて競輪場に入って行ったのだが
場内には意外と余裕があり、それほど窮屈な思いをせずに競輪を楽しむことができた。(この日の入場者は7881人)

場内に到着した後は前橋より持参した予想紙「アカギ」を片手に車券の検討に入る。

(競輪専門紙アカギ平成20年1月6日付記事より引用転載)
こちらでももちろん競輪の専門紙は手に入るのだが
さすがにこんなことが書かれている専門紙は売っていないので、持ち込んで正解だったなと確信する。

1レース開始前から場内のレストランは「熱烈」営業中。
肝心の競輪のほうもアサイチから金網前に人がギッシリと詰め掛けていた。
この日はなかなかいい天気だったので、景気づけにビールでも飲もうかと食い物小屋に行ってみた所
尿酸値が上がりそうな競輪場定番のメニューはしっかりと揃っていたものの
びっくりしたことにここの競輪場はほとんどの食べ物を手づかみして取るシステムとなっていた。
「ねぇねぇ、なんかさぁ、トレーとか
そういうのは用意してないの?」とオバちゃんに言うと
「競輪場にそんなものが必要なほどお上品な人なんかいるわけないんだからそれでいいの」
「サービスしておくからそれで我慢してね」との答え。
これにはちょっとばかりカルチャーショックを受けた気がした。
仕方がないので油まみれになりながら肉食獣のように肉に食いつくことにしてみたら
すぐ近くでは酔っ払ったおとっつぁん同士の喧嘩も同時開幕。
「やれやれ!」「止めるんじゃねぇぞ!」「ブッ飛ばせ!」
今まで知らなかったのだが、立川というところは関東エリアでは最強と言われる川崎競輪場と同等かそれ以上の
確かなアフリカンなヴァイブを感じる実にCOOLな空間であったようだ。

立川の金網越しにはなぜかこのようなマークが書かれていた。
これってもしかして車椅子優先金網絶叫レーン??
しかし、ここより発走機寄りには段差が作られており
車椅子の人ならずとも、物品の投げ込みの際にはその段差にひっかかって転ぶ人も相次いでいた。

発走機に立つとアクリル板(正確にはポリカーボネート板?)と金網越しになるが
こんなに間近に選手を見ることができる。
間近で客のどうでもいいような講釈を聞かされる9番車は実に大変そうだ。
最終レースは「俺は若くない」武田豊樹と村上義弘が意地を賭けた叩き合い。
それを荒井崇博がひと捲りしたところを番手の紫原政文が抜け出して1着。
「獲った!」
と思いきや、なんと荒井はまさかの捲りズブの3着に沈んでしまい
私の車券は場内の藻屑となって消えてしまったのだった。

帰りはオケラ街道を歩きながら反省しきり。
差し場の生きる立川の直線は実に恐ろしいものだと分かっていながらも
ズブ(自力が沈み2番手→3番手の決着)の車券が買えなかった勝負弱い私には
冬の立川のオケラ街道に吹き荒ぶ風の冷たさが、実際の寒さ以上に身に凍みて感じられたことは言うまでもない。