2008年3月20日
S級S班遠沢の瞬時の判断(日本選手権競輪3日目)
日本選手権競輪3日目9レース。
スタート時に過剰牽制があり、再発走となったこのレースは渡部哲男・海老根恵太、村上博幸による3分戦。
(定番のクリップバンドが外れたための再発走ではなく審判側からスタート不揃いのため再スタートが命じられた)
最初から先行しか考えていなかったという海老根が渡部哲男を牽制しつつ先行。
海老根に突っ張られて終止外を回らされたものの必死の抵抗を見せた渡部が最終3角で力尽きると
今度は代わって直後に待機していた村上博幸が捲り追い込み。
それを海老根の番手を回った村本がとっさに併せに行って止めにかかるが
今度は本来、村本が仕事に行って留守中のインを閉めておくのが仕事のはずのS級S班・遠沢健二(神奈川・57期)が
空いた村本のインをすくって2センターから早めの追い込みを開始。
結果、村本は外を踏んだ村上もろとも見事に遠沢に飛ばされてしまい終了。
今度は遠沢が村本を飛ばしに行って空いたインを直後につけた室井健一が遠沢を押し上げながら強襲し
そのあおりを食って岩津裕介と村本大輔は共に落車してしまったのだった。
レースは逃げた海老根が逃げ切り勝ち。
インを突いて2着に入った室井は失格となり、室井に続いて直線追い込んだ北川紋部が繰り上がりの2着。
3着には村本を始末しつつ直線を追い込んだ遠沢健二が入った。
本来、村本ぐらいの選手であれば前との車間を十分に切った上で番手の仕事をしつつも
3番手の選手までをも3着以内に引き込む走りができるはずなのだが
このレースでは村本らしい大きく車間を切って前へ踏みながらの好ブロックや鋭い番手差しが一切見られなかったばかりか
最後は逃げた海老根の先行ピッチが明らかに落ちたことも関係してか
たとえ遠沢が2センターで「仁義なき突っ込み」をしなかったとしても最後の直線では村上に食われていた可能性も十分ありそうなほど
非常に村本らしくない走りであった印象だった。
逃げたラインの3番手というものは
少し早く踏み過ぎてしまっただけで車券対象となる着内に別線の選手を引き込んでしまうことになるし
それとは逆に3番手の選手が前を走る選手達の人柱となって必要以上前に踏まないことにより
先行選手とその番手の選手を着内に残したりすることもできるという
競輪競走においては非常に重要な存在となっている。
遠沢の早仕掛けは海老根の先行ピッチが落ちたことや村本の車が明らかに前に出ていなかったことなどから
直線で後ろにゴッソリ食われてしまう前に見せた必死の抵抗だったのだろうが
村上をブロックに行っている最中でまだ完全に死に体とはなっていなかった味方の村本を弾き飛ばして
自らの進路を切り開いた遠沢のシビアな走りは
一見すると「かなりえげつない走り」に見えたのではないかと思われた。
外を踏んだ村上をブロックしに行ったところを遠沢に内をすくわれた村本。
遠沢に内をすくわれたことに気づいた村本は村上を外に弾きつつ
とっさに内に降りて遠沢を締めに行き、海老根の後ろに遠沢を押し込んで動けないようにしている。
そうなれば遠沢に残された道はただひとつ。
味方の村本をどかしてでも自分が踏むためのコースを作り出すしかない。
結果、村本をどかしに行った時の動きがやや大きくなったことが原因で更にインを室井に突かれてしまい
それが村本・岩津を巻き込んでの落車に発展することになってしまったのだが
直線で海老根を追った遠沢が後続の選手に次々と差されてしまったことを考えると
この遠沢のとっさの判断は決して悪いものではなかったように思われた。
勝負事にタレ・レバは禁句だが
勝負どころで遠沢が海老根・村本の人柱となって前に踏まずインを閉めることに徹していたとすれば
果たしてどんな結果になっていただろうか?
前が残れるのであれば人柱になって死ぬのも競輪だと私は思っているが
このレースにおいて早めに前を捨てて仕掛けたベテランマーカー遠沢健二の判断は
明らかに「このままでは前は残れない」というものだったに違いない。
一見するとこのプレーは競輪競走の前提となっている競輪道というものが崩壊してしまったかのような
とんでもない競走にも見えるのだが、冷静になって見直してみると
これは個々の選手の欲にまみれた勝手な仕掛けなどではなく
ベテラン選手の冷静な判断に基づいたシビアな仕掛けであったということがよく分かる。
私のような凡人が冷静になってレースリプレイを何度か見直してみてようやく分かったことを
走りながらとっさに見切ってしまうベテランレーサーの感性というのは偉大なものだということを改めて思い知らされた気がした。