2008年5月12日
見るレース(前橋競輪A級チャレンジ決勝)
このレースはここまで14戦13勝2着1回という抜群の成績を残している須藤誠(千葉・92期)
23戦18勝8場所連続優出中で8連勝と特別昇級へのリーチがかかっている片折亮太(埼玉・92期)
そして29戦19勝10場所連続優出中でこちらも8連勝中と特進へのリーチがかかる鈴木庸之(新潟・92期)の3名による同期対決。
ここ2戦とも組み立てに失敗したものの番手の選手に位置取りをしてもらいそこからの巻き返しで勝ち上がってきた須藤誠に
井上公利(宮城・93期)のカマシの前になかなかその差を縮めることができなかったもののなんとか辛勝した片折亮太の両名は
ここでも自力での組み立てとなったが
準決勝で期は下でも年上である山本義晃(群馬・93期)の番手を回ったにも関わらず
平間一洋(宮城・91期)に絡まれたために山本を捨てて自力発進して勝った鈴木庸之は前日に引き続いて山本の番手を回る競走。
全くタレてもいないにもかかわらず、早々に最終ホームで鈴木に捨てられてしまった山本は
正直なところ決していい気持ちはしなかったはずだろうが、ここでも鈴木のために死ぬ先行?を敢行。
赤板ホームで出切るとそのまま鈴木を連れて駆け、最終ホームから鈴木が番手発進して隊列を引いていった。
展開上まんまと鈴木の番手にはまり込んだ片折だったが準決勝同様に前を交わしていくスピードがなく
結局交わせないまま鈴木の押し切り勝ち。
またしても中途半端な仕掛けとなった須藤誠も展開上3番手にはまったが、結局そのまま何もできずに終わってしまった。
鈴木の番手捲りの土台となった山本はここでも前と差のない4着で入線。
前述の「死ぬ先行」というところに敢えて「?」を付けたのは
ここでも鈴木に捨てられた山本が決して死んだ訳ではなかったため。
二人の間では恐らく事前にこのようなチームスプリントのような競走をする話ができていたのだろうが
そうではなく鈴木が自分の勝ちを優先する走りをするために敢えて山本を捨てたのであれば
これはもう競輪でもなんでもない、ただの自転車競技である。
競輪とは本来、前を回る選手と番手そして3番手以下を回る選手のチームプレーが織り成すストーリー。
一人では逃げ切れない距離を後ろの選手のアシストを受けてなんとか押し切ってしまう。
実力に勝る選手をラインで力を合わせて粉砕する。
そんな単純な力勝負だけに終わらないチームプレーによる競走が競輪本来の魅力の根本となるものなのである。
走る選手にそんな熱い気持ちが脈打っていれば、その競走には必ず見る者を熱くさせるなにかが宿っているはず。
しかし、残念ながらこのレースはその注目度とは裏腹に
レース後に勝者を賞賛しようとも、だれかを酷評しようともする観客はほとんどいなかった。
その答えは簡単。
この競走自体に「心」がなかったからである。
今の競輪競走は自分が持つ位置からのカマシ・捲りオンリーの競走ばかり。
そこには残念ながら競輪ならではのチームプレーの良さはカケラも存在しない。
「不振にあえいでいる先行選手にどうしても結果を残させてあげたいから捲ってきた選手を金網まで押し込んでしまった。」
かつての競輪には、たとえ自身が失格になろうとも
そんな人間らしい義理人情に溢れた理由のために選手が戦ったすばらしい競輪がそこにはあった。
しかし、今の競輪は前が後ろと力を合わせて走ろうとしないから後ろも前のためには仕事はしない
まさに悪循環のつまらないケイリン競走ばかりが繰り広げられているのが現状なのである。
彼らぐらいの選手ともなれば、例えここで特進を逃したとしても数ヵ月後には放って置いても昇班はする。
本来優先するべきはここで勝つことよりも、将来上でやって行くための脚を作ることではないか?
ラインもクソもなく、ただ自分が勝つことだけを優先した鈴木。
脚もないのにセコく勝ちに行った片折。
そして仕掛けが中途半端で脚力を生かした組み立てができない須藤。
勝者には申し訳ないのだが、このレースは残念ながら競輪本来が持つライン戦とは程遠いレースで
私自身とすればこんなレースの車券を買ってしまったこと自体を後悔したレースだった。