2008年6月15日

競輪文化を破壊するのはあなた

最近、競輪の中継を見ていると聞き慣れない言葉を耳にすることが多くなった。

2番手戦…ゴールスプリント…等
アナウンサーによっては、思わず「何だね?その言葉は?」と突っ込みたくなるような言葉のオンパレードである。

番手という言葉は競輪という競技を象徴する言葉でもある訳だが
近年では競馬においても「逃げ馬の番手で控えて抜け出す競走」などという用法で使われるようになり
スポーツ新聞などにも書かれている通り、競輪を知らない競馬ファンにも一般的になりつつある言葉。

ハコをやる。すなわちそれが番手勝負。
競輪選手のみならず、その言葉を発するファンの側も思わず力が入ってしまう重みのある言葉。
それが番手勝負。
しかし一部のアナウンサーはそれを敢えて2番手戦などという思わず力が抜けてしまうような言い方をする。

なぜそこまで言葉のリズムが崩れる言葉を使ってでも競輪の伝統ある用語を用いないのか?
正直なところ私にはその意図がさっぱり理解できない。

オリンピック競技のケイリンとしてのグローバルスタンダード化を求めて。
そして新規ファンにも分かりやすく。
恐らくそんな思惑があってそのような言葉を用いているのだろうが
普通、競輪ではハコ勝負をすることを2番手戦とは言わないし
最終直線の攻防を「ゴールスプリント」と言う競輪ファンなどはめったにいるものではないだろう。

昨今、密かに進められている競輪のケイリン化はこんなところからも進んでいるのである。

・競輪学校ではヨコは一切教えずタテに踏むことばかりをやらせる。
・そんな教育の下でデビューした新人はヨコができないから軽いブロックを受けても簡単に落車する。
・ブロックした側は軽いブロックでも失格にされてしまうから横の動きが怖くてできなくなる。
・自力屋は逃げても後ろに仕事をしてもらえないので必然的に遅い仕掛けになる。
・遅い仕掛けのダッシュ戦になると必然的に混戦になるから、時として選手が交錯して大量落車で客離れを呼ぶ。

競輪とは本来ラインというチームが織り成す共同作業。
単走では到底持たない距離を後ろの援護を受けてなんとか持たせるのが競輪というものである。
しかしそれが今ではすっかり自力屋は自分だけが届く仕掛けをするのが主流で
競輪場に行っても競輪競走が行われることはほとんどなく、ほとんどが自分だけ届けばいい個人競技のケイリン競走ばかり。

果敢に仕掛けたが残念ながら最後まで持たなかった選手に
「よくやった!」「あともう少しだったのに残念だったな!」「次はがんばれよ!」
そんな声を掛けることができるようなプレーも残念なことにほとんど見られなくなってしまった。

今の競輪は残念ながらパチンコと同じ。
選手という生きた銀球がバンクを回り、ジャンがなってからはデジタルが回るようなそんなイメージしかない。
それならばもっといろいろな演出が用意されているパチンコのほうがまだ面白いのではないだろうか?

昔ながらの味のある人間味溢れる競輪が姿を消しつつある昨今
恐らく目的は違うのであろうが競輪中継のアナウンサーやキャスターまでが
古き良き時代からの伝承である競輪文化を意図的に解体しようとしている現況は競輪ファンとして決して気持ちがいいものではない。

国際化が進んでいる競馬においても「テンのスピードが」「ゲートが早い」「ヤネの乗り代わり」「乗り役」「しまいの脚」など
昔から使われている言葉は現在でも普通に使われている。
もちろんそれはギャンブル以外の野球やサッカーにも言えること。
それなのになぜ競輪だけが意図的にこれまでの競輪文化を捨て去ろうとするのだろう?

競輪の用語は特に難しいものでもなんでもないし乱さないでもらいたい。

競輪においてはいつの時代も逃げるやつが一番強く、そいつのハコは一番強いマーカーが回るのが鉄則であって欲しい。
だからこそ2番手なんてヌルい言葉でその絶好位を表現しないでもらいたいのだ。