2008年7月 5日
自力屋の後ろに付いて走るだけがマーカーの仕事じゃない(前橋・寛仁親王牌初日より)
寛仁親王牌初日の7レースは
海老根恵太(千葉・86期)・太田真一(埼玉・75期)・中村一将(兵庫・86期)・佐藤朋也(秋田・89期)の自力4車による4分戦。
レースは赤板で佐藤朋也が出切ると、それに太田が続き5番手を中村一将と海老根が並走する展開。
打鐘を前に佐藤が一気にスパートすると、それに併せて上昇した海老根は仕掛けるタイミングを逸し外に浮いてしまう格好となったため
どさくさに紛れて先手ライン3番手を回る太田の位置に潜り込もうとすると太田はヘッドパンチ1発と体当たり2発で応戦。
結果、海老根は打鐘2センターで外に浮かされてしまい死に体となってしまう。
最終ホームで中村がHSカマシ気味に捲りを打つと、先手ライン4番手の位置にうまく潜り込んでいた
海老根の番手を回る望月永悟(静岡・77期)が浮いた海老根を迎え入れて海老根は見事に復活。
最終バックで前が佐藤朋也と中村一将とで叩き合いになると
海老根はそこからもう一度踏み返して最終バックから捲り発進。
結果、前団を一気に飲み込んで断然の人気となった海老根-望月のワンツーが決まる結果となった。
近走、記念競輪を連覇するなど絶好調の海老根による脚の違いを見せ付けるようなレースぶりにレース後、大きな拍手が送られていたが
このレースはなんと言っても海老根を生き返らせた望月の好プレーがなければ成立しなかったレース。
前の自力屋が外に浮かされそうになれば自ら動いて位置を取りに行って
まだ脚が残っている自力屋を迎え入れることはマーカーとして当然の仕事と言えばそれまでのことだが
目の前に普段よりも大きな金がぶら下がっているG1開催の勝ち上がり段階では
外に浮いた自力屋など即座に捨てて自ら切り込んで行くのが昨今のビッグレースの常識。
競輪はラインという名のチームによる共同作戦であり、団体戦そのもの。
一歩間違えば共倒れになる危険性もあったこのレースで海老根を信じて迎え入れた望月の動きは
海老根以上に賞賛されてしかるべきの実に見事なプレーだったと言っていいだろう。