2008年9月24日

競輪場はともかくとして純粋な観光でぜひまた来たい街・青森。

前橋F2を観戦したあとは一旦家に帰ってから改めて車を走らせ一路青森へ。
20時に家を出て新潟を高速道路で駆け抜けたあと山形・秋田を抜けて青森に着いたのは翌朝の午前7時。

まずは去年の今頃、青森記念観戦に訪れた時と同じように浅虫温泉に行き
朝7時から営業している「ろくさん食堂」で朝食を摂る。

このあたりの沿岸で取れるというホタテは相変わらず、ほんのり甘い味がしておいしい。

食後は海辺を散歩しようと海に向かって歩き出すが、信号待ちをしている最中に自転車に乗ったおじさんに声を掛けられる。
聞けばそのおじさん…浅虫周辺の島巡り遊覧船を走らせているのだとか。

救命胴衣を装着して、しぶきを浴びながらおじさんの運転する舟で海に出ると
浅虫温泉のシンボルとも言える「湯の島」が見る見るうちに近づいてくる。

小さい船なのでビッグウェーブを越える際にはさながらスプラッシュマウンテン状態。
水しぶきと海風を浴びながら海面を滑って行く感覚はなかなか爽快でとてもいい経験になった。

そうこうしているうちに時間は9時になってしまったので競輪場へ向けて移動を開始する。
同じ青森市内でも浅虫と競輪場ではかなり離れているし、青森競輪場は信じられないほどの山の中。
これで青森競輪場に行ったのは3回目になるが、競輪場に至るまでの道中の道の険しさに
「ホントにこの先に競輪場なんかがあるのか?」と、いつも道路脇にある青森競輪場の看板は半信半疑で見てしまう。

そんなこんなで競輪場に到着したものの残念ながら競輪場の駐車場はガラ空き。
しかも時を同じくして雨が降り出すという最悪のコンディションに。

場内は比較的盛り上がっているようにも見えたが、よく見るとその多くは競輪場のはずれで行われている
フリーマーケットやらお笑い芸人のイベントを見に来た客。
そうした人達の存在を考慮してか、そのあたりにいると締め切り前の音楽も聞こえにくいので
昨年は3レースほど車券を買い損ねてしまった。
なので今年はそうならないようになるべく車券発売所の室内に陣取っていたつもりだったのだが
途中、ひとつのレースで締め切りのベルが鳴った直後に2枚のマークカードを穴場のオバチャンに差し出したところ
時間切れのために「1枚しか入らなかった」と笑顔で返される始末。
窓口に人が並んでいても平気で締め切るのは京王閣と静岡ぐらいしかないと思っていたのだが、ここ青森も似たようなものであるようだ。

ホーム側スタンド最前列から見たバンクはこんな感じ。

バック側には芝生と花壇があるが座って観戦する場所はなし。

2角の立ち上がり部分の奥にある小屋にはいわゆる「ねぶた」が鎮座している。

3・4角のスタンドには冬場の積雪を考慮してのことなのか太い柱が建っていてちょっと邪魔な感じ。

ちなみに青森競輪場の1センターと2センターの救護員はなぜかこのような小学校の朝礼台のようなものの上に立って待機していた。

一時は激しい風雨が吹き荒れて、肌寒いどころか寒さに震えるくらいの気候となっていたのだが天気は終盤になって回復。

決勝はカマシ・捲り屋揃いで単調なレースになるかと思いきや
中部の皇帝・山田裕仁の果敢な仕掛けにより最後は混戦となったところを兵藤一也が抜け出して優勝。
車券はカスリもしなかったが予想を上回る好レースに満足しながら山を下る。

下山後は去年も寄った青森駅近くの「いろは食堂」に行き、これでもかと言わんばかりに大量のネタが詰め込まれた海鮮丼(2300円)を食べる。
相変わらず顔に似合わず津軽弁で気さくに話し掛けてくる大将の話は面白かった。

その後、青森市街地の怪しげな雰囲気の店が立ち並ぶ路地裏を散歩しているうちに出会った
呼び込みのおばちゃんの店でお茶を飲みながら(車で帰るので酒が飲めない)
しばしの間、青森県経済の置かれた厳しい情勢や青森市内の風俗事情などの話をじっくりと聞かせていただくうちに
青森の夜は更けて行き、やがて青森を出発。

翌日の11時過ぎにはなぜかお茶汲み場に塩が置かれている新潟県の弥彦競輪場に到着してその日から始まったF2戦をやったのちに帰宅。
(お茶汲み場に置かれた塩は大垣競輪場でも見たことがある)

途中、すでに解体が始まっている堀之内のアレッグ越後(伊勢崎オートレース場外車券売場=廃止)の様子を見てきてみたが
壁へのスプレーマーキング(落書き)など、廃墟にありがちな荒廃ぶりに改めて閉口。

こうして全航程1500km超にも及ぶ遠征は無事に終了することとなった。