2009年1月 9日

一生に一度の晴れ舞台は競輪人生最大の教訓に満ち溢れた濃密な時間

今日は競輪選手の誰もに一生にたった一度だけ平等に訪れる晴れ舞台、デビュー戦。

そんな日ともなれば大概はホームの発走機のあたりにその選手の家族らしき人達が立ち並んで競走を固唾を呑んで見守っているのが相場なのだろうが
この日のように真冬の寒風が吹き抜ける厳しいコンディションの競輪場では家族の人達もたまらず屋内観戦に切り替えてしまったのか
寂しいことに一般客席ではそれらしい人達の姿も見ることはできなかった。

F2開催でレースプログラムもまだ3レースともなれば売場に集う競輪客の姿もまばら。
穴場のオバチャン達も暇を持て余し気味にしている。

穴場に顔を向けた私は「お忙しいところ申し訳ございません」と前置きした上で
「この競輪場は車券一枚あたり1点ずつにして車券を買えば、車券を買った選手の名前が券面に印刷されますか?」
と穴場のオバチャンに問いかけてみた。

一生に一度のデビュー戦ではあるが実際に走る選手は時限的有価証券化された自分の姿でもある
車券というものには残念ながら接することもできなければ、それを購入することもできない。
そのデビュー戦の車券を選手本人にプレゼントするに当たっては
ただ車番が記されただけの券面より名前が印刷されているもののほうがより自分が関わった車券だという実感が湧いてくるはずだからだ。

使い慣れない引きつった営業スマイルで微笑む穴場のオバチャンからの回答は「はい。印刷されますよ。」というもの。
私は「そうですか。ありがとうございます。」と礼を述べるやいなやマークカード記入台へと向かい十数枚のマークカードを掴み取り
ひたすら一枚100円単位の4番車1着固定ヒモ流し車券を描き上げて行った。

締め切り間際にそれを窓口に持ち込んで後続のオジサン達を「締め切りで車券が買えない」恐怖のどん底に叩き落してしまうことのないよう
早めの時間に窓口に駆け込むと穴場のモニターに表示されたのは4-6発売なしの文字。
この日は6番車が家事都合による欠場。
記入間違いをしてしまったり重複のないようには注意していたつもりだったが
肝心の当日欠場者の分を間引いてマークカードを作るのを忘れてしまったということらしい。

応援車券はこれで準備OK。
強い藪田貴幸のアタマ固定の本音の車券も同時にしっかりと仕込んでやっていざ本番へと臨む。

緊張の面持ちで発走機に着く、この日の主役・亀井久幸(千葉・95期)。
号砲を前に他の選手が地面を見つめる中
亀井の視線の先だけはまるでスターティングブロックに足を掛けて号砲を待つ陸上アスリートのように
ひたすら前方に向けられていたのが印象的だった。

号砲とともに飛び出した亀井は神奈川のベテランマーカー二人を引き連れて前受けからの組み立て。
勝負どころで後ろから上昇してきたラインに抑えられるとすんなり引き
そのまま後方7番手に置かれる展開で勝負どころを迎える。

その瞬間、今日の主役・亀井の3番手につけていた金指康夫(53期・46歳)はとっさに切り替えて亀井を捨てて去って行き
後ろに付いてくれるのは五十嵐敬二(42期・51歳)ひとりのみというまさかの展開となってしまう。

結局、亀井は最終バックから捲り上げるが薮田の番手近くまで捲り上げるのが精一杯。
最後は薮田の番手を回った上吉原に軽く一発車を振られると敢え無くそこで力尽きてしまった。

ふたりのベテランマーカーが後ろに付けてくれているにも関わらず
最初から全く逃げる気などなかったかのような走りを見せた亀井を早々に捨てて勝負の厳しさを身を持って教えた金指康夫とは対照的に
亀井の捲りを足掛かりにうまく隊列に潜り込んでそこから直線で鋭進。2着に飛び込む走りを見せた五十嵐敬二。

「デビュー戦はカッコ良く勝ちたい」とは誰もが思うことなのかもしれないが
ふたりの先輩はそれぞれ異なる手法でもって競輪という競技の厳しさというものを亀井に身を持って教えてくれたのだった。

マーカーは必ずしも自力屋に付けなければ勝負にならないかと言えばそうではないし
最初から勝負に行く気のない人間なんぞを相手にして失敗するよりは自分でできる限りのことをやって活路を見出したほうが
良い結果を導き出すことができる場合も決して少なくないはずなのである。

今日は一生に一度の晴れ舞台。
しかしそんな日にベテランマーカーが新人の捨て石にならなければいけない決まりなんてものは一切ないし
デビュー戦だからと言って誰も容赦はしてくれないのが競輪の実にシビアなところ。

上がりタイムが早い人間が勝つのでもなく、スピードがある人間が勝つのでもない。
競輪とはあらゆる面で強い者だけが勝つことができる競技。

券面に印刷された選手の名前は出走選手の全員がこのレースの主役たる存在であるということを物語っている。

競輪のバンクとはレースのグレードなどに一切関係なく
そんな9人の主役達が命を賭けて戦って一円でも多くの金をもぎ取るためにある戦場そのものなのだ。