2009年2月21日
過去の苦い経験を生かした(?)決死の大逃げ(前橋F1二日目より)
前橋競輪F1二日目6レースA級準決勝は近走9場所で優出6回優勝3回と復調著しい伊藤大理(長野・85期)と
斉藤健人(静岡・92期)、鎌田聡(宮城・81期)、松永将(茨城・89期)の対戦。
1伊藤大理(長野・85期)-2尾崎和人(群馬・79期)-5芝田和之(埼玉・77期)
7斉藤健人(静岡・92期)-3小林宏年(静岡・55期)-4鶴岡與之(千葉・81期)
9鎌田聡(宮城・81期)-6安田久一(福島・61期)
8松永将(茨城・89期)
車券は伊藤がカマシ捲りで出切って尾崎との直線勝負というところに人気が集まったが
実際のレースでは斉藤がスローペースに落として伊藤の動きを牽制。
牽制された伊藤は仕掛けるタイミングを失い後方のまま打鐘を迎える。
誘導との車間を大きく切って斉藤が伊藤を牽制していたのを見た松永は
打鐘で自ら誘導を外しそのまま単騎での大逃げを敢行。

松永の作り出すペースを追う斉藤。

そしてその前の動きを千切れ気味に追走する安田が邪魔になって後方のままの伊藤大理。
最後は逃げ潰れてしまった松永だったが虚を突いて単騎で発進し
レースをハイラップで引いて大いに見せ場を作ったのは実にすばらしいこと。
斉藤は前で待つ組み立てが功を奏しての勝利。
伊藤は初日に続いての中途半端なレースとなってしまった。
このレースで大逃げを打って見せ場を作った松永には実は苦い思い出がある。
2007年7月6日の久留米競輪初日9レースで別線の山田和巧(熊本・87期)と過度の牽制をし合っているところを
前受けで飛び付き待ちの清板浩二(岡山・56期)がスキを突いて逃げ、見事に逃げ切り。
このレースで松永は3着入線したものの追走義務違反の失格を取られてしまった。
(追走義務違反での失格は重罪で長期の斡旋停止処分などの厳しい処分を受ける。長期斡旋停止の意味するものは長期に及ぶ無収入生活)
このレースは8名大量失格不成立レースとして話題になったため覚えている方も多いことだろう。
もしかするとこのレースは追走義務違反レースの当事者だからこそ、その時の反省を踏まえて逃げたといえるレースなのかも。
カマシ屋同士の2分戦になると出現する可能性が大いに出てくる過剰牽制レース。
このレースも自力を出していない鎌田が斉藤ラインを追走して実質的な2分戦+1人の展開になったから起こった出来事。
競輪では先行一車はなんとやらという格言がよく使われるが、カマシ捲り主体のケイリン競輪全盛の今の時代では
「カマシ屋同士の2分戦では浮き駒選手の玉砕先行を黙って買え」
などという格言が登場するのもそう遠い先のことでもないかもしれない。
しかし前述の清板の例では逃げ切っても車券的にはレース不成立で全額払い戻し。
先のいわき平レインボーカップ全員失格レースでの矢端もせっかく逃げ切ったというのにイエローライン継続踏み切りで失格。
車券的には何の役にも立たない結果に終わってしまっている。
スタートの出渋りや過剰牽制による追走義務違反はレースをつまらなくするし
大量失格があって不成立になったのではせっかく大穴車券が当たってもただただ悔しいだけ。
「どうせ負けるのなら死ぬ気で駆けてみろ!」
残念ながら今回は逃げ潰れてしまったが、こうして果敢な仕掛けを心掛けていればこれからもきっと安定した成績が残せるはず。
多くの客はなんとも思わなかったかもしれないが
松永の果敢なレースぶりの陰にはこんな出来事があったということを決して忘れてはならないのだ。